不妊・婦人科別館:

31才になっちまった。ヤバイ! – 赤ちゃんと出会うための旅 (4)

31才になっちまった。ヤバイ!(IVF2回目~6回目)

「31才になっちまった。ヤバイ」と、再びTK大学病院へ!
年令的に、ここらでがんばればイケる! と思ってた。

体外エキスパート軍団はごっそり東京SA病院へ行ってたので、TK大学病院S先生にかかり、AIHとIVFの日々再開。ノーマルなIVFだと全く受精せず。抗体検査を受け、抗リン脂質抗体の値が高く、血小板の働きが強すぎると判明。

→血が固まりやすいから血流が悪くて妊娠しないのかもと、小児用バファリンやステロイドの服用も始まる。

TK大学病院では、AIHは計30回近く挑戦したかなあ?

【タイミングや人工授精での妊娠は無理だとわかり、体外受精の治療となったときは、薬をかけることのデメリットを考えるとAIHなどを続けるメリットは、ないのではと思います。体外と体外の間の期間に何もしないのは不安だからという声をよく聞きますが、「何もしない」というのは身体をやすませていることです。その間によい卵がとれるように身体の手入れをするのが一番だと思います。又、タイミングの挑戦のつもりでなかよし気楽に夫婦生活をもつことも良いと思います。体外になっても、自然妊娠する方はいらっしゃいますヨ。(よねやま) 】

(IVF)ICSI(顕微受精)は6回(毎回移植までいった)。

ICSI時はクロミッドやバファリン、ステロイド、漢方薬、黄体ホルモン剤(膣錠・経口)、注射もHMG300単位を6本くらい。

帰り道、運転しながらよく泣いた。

この頃、着床しない自分が悪いと離婚考えたりした。帰り道、運転しながらよく泣いた。

6回目はS先生に訴え胚盤胞の培養液をとりよせてもらい、TK大学病院初の胚盤胞に挑戦。

しかし胚盤胞になる前に卵が崩れそうになり、16分割卵あたりで移植。→OUT

TK大学病では、着床しやすくなるようにと入院までして子宮内膜掻爬もやった。

34才転院 卵管に戻す体外(IVF7回目~12回目)

S先生から東京SA病院の方が卵管に戻す体外やってるから卵管が無事な私には合ってるかもと言われ東京SA病院へ。

ETR(ZIFT)

東京SA病院の1回目ICSI(通算7回目)
採卵前に数個排卵してたため、予定変更

採卵翌日の分割前の受精卵を子宮へ戻し、そのうちの1コが右卵管に着床してしまい、そのまま自然流産。

《ETRの予定だった。なのに、先に3コ排卵しちゃってて。それがもったいないから、今回は通常の翌々日子宮戻しにしようと言われ、「それじゃ、前の大学病院と同じじゃん! やだ~!」って訴えたらこのパターンになった。》

その後、ICSI-ETR、ICSI-子宮戻し、AIH 繰り返す。

36才 休んでみるか・・・・

東京SA病院で6回目(通算12回目)ICSI-ETRで再び右卵管妊娠→自然流産

帰りの電車の中でボーッと泣いてた

東京SA病院では6回の体外受精挑戦。うち3回は腹腔鏡を使って卵管に戻すETR。
1回50~60万円かかった。

AIHは5~6回。

薬、注射類はTK大学病院よりも多かった。
だんだん卵がとれなくなってきてしまい、とれても質が悪くなってきた。

東京SA病院では、次から次へと色んな薬すすめられ、こわくなってきた。

最後のラパロ→子宮外妊娠後は、「自然周期と胚盤胞→凍結」を希望したのに受け入れられず、 いやになってきてしまった。

休んでみるか・・・・