カテゴリー : 学会・論文

第64回 全日本鍼灸学会 講演記録『女子胞力を増すことによって、妊娠出産に至った一症例よりの考察』

時系列、五臓の弁別から

東洋医学では、四診を通じて様々なデータをその方からうかがい知ることをしていきます。

お話しを伺うことで得た情報、身体を触れることで得られた情報など沢山の情報を、まとめてざくっと肝心脾肺腎の五臓に分類します。そして時系列の流れを通じ、このざくっと分類した情報を眺めながら統合し、今の状況を知り、このままだとどうなってしまうのか、そして養生、治療の手をいれることで、今後どういった未来が開けてくるのかを考えていきます。

時系列を中心に五臓の弁別をみていきましょう。

中学時代からの『冷え性で寒いからプールに入るのもいや』というエピソードは、かなり特徴的です。もともとの腎の陽気不足が目立つなということを感じさせます。その後の20台からでる、だるい、眠い、尿便のトラブルも同様に腎気のカテゴリーの問題。そして腎気不足で肝鬱になりがちなのかという範囲で手足の冷たさも考えることができます。

30代からはこの腎気不足が一段とすすみ、全体の症状がきつくなることと、下焦の問題である尿のことや、股関節のトラブルが強く出ています。問題が下焦を中心にひろがってきてしまっているわけです。

結婚して体重が6キロ増えます。これは解釈の難しいエピソードですが、ご本人に伺うと、今まで不規則な生活だったのが、一日3食をキチンと食べる生活になったら何となく増えたということでした。BMIが18.37から妊娠しやすいゾーンである20.57へという変化ですので、良性の変化とみることもできます。するすると妊娠しているのもこのせいかもしれません。しかしながら、妊娠が体重が少ないときは出来ず、体重が増えたら妊娠したと言うことではありませんので(結婚と同時に両者がスタート)判断はつきかねますし、体重が増えたことそのものは、股関節への負担となり症状が進み、がくがくするという状況になっています。また妊娠はするものの腎気不足からか流産が続き、2回目の流産で気血虚損の状態が一歩進み、腎の器が一段小さくなってしまったため女子胞力が明瞭に低下、妊娠すらしないという状況が続くことになります。

弁証論治

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五臓の弁別、時系列から考えて、この方の中心課題は『腎虚を中心とした気虚、女子胞力の不足』としました。

腎気をあげ、女子胞を暖め養い妊娠、妊娠の継続をはかり、出産まで導いていくこととしました。

鍼灸治療

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鍼灸治療解説です。

頻繁に使用した経穴を中心に解説します。

百会、肺兪
 →上焦の陽気をたて、補気していきます。
左外関、大巨、関元、左湧泉
 →腎気をあげていきます。
左胃兪、左三焦兪、腎兪、次髎
 →背部腧穴を使い、脾腎を温養します。
左公孫、三陰交、陰陵泉、曲泉
 →腎気の負担となっている脾気をあげ、結果として腎気をアップさせます。
 →子宮に近い経穴をつかい、女子胞力をアップさせます。
 →肝脾腎の女子胞(子宮)との強い結びつきを利用します。

結果

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15診ほどで『残尿感が気にならなくなってきた』という訴えがあり、腎気がたってきたことが明瞭になってきました。その後ほどなくして妊娠。17診4ヶ月ほどの出来事です。妊娠中も積極的に鍼灸治療をおこないますが、胎が成長し母体側の負担になり始めた15週ぐらいから再び残尿感が出現。腎気が不安定になっているので気逆がおこりやすく27週、31週と逆子になりましたが、無事になおり出産となりました。

考察

『丸ごと一つの人間観』という東洋医学の視点は、人間理解における、有用なツールだと思います。

1)種々雑多な情報をばくっとつかみ
2)情報を、ざくっと五臓というカテゴリーにざくっと分類
3)分類する中から浮かび上がるものを中心に、時系列で生命の流れをみていきます。
4)時系列の流れの中で到達した現時点を把握し(弁証)、
5)あらまほしき未来のためには何をすべきかを考えます(論治)

このプロセスによって決定された治療方針にむかって、患者さんと二人三脚で、進んでいくわけです。

今回は、患者さんご自身の養生もしっかりとあり、鍼灸治療も的確に行うことができたため、腎気がたち、妊娠、流産せずの継続、出産とつながることができました。

五臓の中の腎、肝、脾がウィンウィンの状況を得ることで、腎気を中心に丸ごと一つの存在として生命力が充実し、女子胞力があがり、妊娠出産につながりました。

化学流産に対する対応、不妊に対する対応とバラバラと考えるのではなく、生命力をどのようにあげたらいいのかということを、東洋医学的な分析と統合を用いて考えることでスムーズな妊娠出産につながったと思われます。今後も研究を重ねたいと思います。