ビタミンB1の発見から脚気の克服まで:栄養の歴史から⑦

ビタミンB1の発見と脚気の克服〜栄養の歴史

栄養学は近代科学をベースにし、食品分析から三大栄養素(糖質、脂質、タンパク質)の解明がすすみ、のちに、カルシウムや鉄、りんなどの無機成分、そののち20世紀になり、5番目の栄養素としてビタミンが注目されることになりました。

ビタミン、とくに最初に明らかにされたビタミンB1は多くの日本人研究者が貢献しています。明治維新以降の西洋医学を受け入れた後の研究であり、世界に日本の研究が認められるきっかけにもなりました。

明治以降に軍隊という若者の集団生活の中で多発した脚気。これがビタミンB1の欠乏症であるということにたどり着くまでの長い歴史は非常に興味深いものがあります。原因にたどり着くってむずかしいですねえ。

1910年 鈴木梅太郎が米ぬかより杭脚気因子をみつけます。
1935年、玄米や麦飯を食べれば脚気にならないとわかってもやはり白米中心であり、脚気は流行1,2万人がなくなっています。

こののち、脚気が大きく減少するきっかけは、
☆戦争による精米の7分づきへの変更
☆1952年のビタミン強化食品の認可
☆1955年以降の食事の洋風か(畜産品の摂取、米食の低下(パン食などの増加))

ビタミンB1の発見から60年ほどでほぼ克服された脚気。これを長いとみるか、短いとみるか。
病の原因をしり、その対応が取られていく過程にはいろいろなことがあるんだなあと、改めて思いました。

チョークを買ったら書きたくなっちゃいました(^^)