鍼灸院の謎② 私はなぜ整体師ではなく鍼灸師になったのか?

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鍼灸院の謎② 私はなぜ整体師ではなく鍼灸師になったのか?

整体の世界で、「理論と技術は別物だ」ということを痛感した私は、その後思いがけないご縁に出会いました。

当時、鍼灸院で弟子入りしていた友人から、

「いま、うちで弟子を募集しているよ」

と声をかけられたのです。

当時の自宅から自転車で10分。
近い。

私は面接を受け、そのまま弟子入りすることになりました。

見たことも聞いたこともない世界

弟子入りしてまず驚いたのは、そこが「鍼灸だけ」で成り立っている治療院だったことです。

先生は腹診をし、鍼を打ち、お灸の指示を出します。

弟子たちは黙々とお灸をすえる。

患者さんは定期的に通い、身体のメンテナンスを受けている。

私は驚きました。

それまでの私は、「鍼灸は症状を治すもの」というイメージしか持っていなかったからです。

ところが目の前では、身体を整えるために鍼灸を受け続けている人たちがいる。

鍼灸って、こういう使い方をするものなのか。

私にとっては新しい発見でした。

大学病院というもう一つの世界

その後、私は東海大学大磯病院東洋医学科の研修生になります。

ここは弟子入り先とはまったく違う世界でした。

病院では医師と一緒に患者さんを診ます。

整形外科から紹介される方もいれば、精神科から紹介される方もいらっしゃいました。

私が担当した患者さんの中には、脳卒中後の片麻痺の方もいらっしゃいました。

最初は恐る恐るでした。

それでもカルテを読み、方針を立て、自分なりに鍼灸を行いました。

すると血圧が安定し、便通が改善し、体調が整っていく。

片麻痺そのものの改善よりも、体調が整い、毎日の生活が楽になることを患者さんは喜んでくださいました。

私はその時、

「ああ、鍼灸って面白い」

と思ったのです。

症状を狙うのではなく、

「生きていること」

そのものを応援する。

そんな医療の形があるのだと知りました。

私がやりたかったこと

整体の世界では、名人の技術に圧倒されました。

弟子入り先では、鍼灸による身体のメンテナンスを知りました。

大学病院では、病気を抱えた方々の生活を支える鍼灸を経験しました。

その中で少しずつ、

「私はこんな鍼灸をしたい」

という形が見えてきました。

症状だけを見るのではなく、その人全体を見る。

病気だけではなく、その人の暮らしや体調の変化にも目を向ける。

そんな鍼灸です。

いま振り返ると、この頃に現在の私の鍼灸の原型ができたのかもしれません。

(次回へ続く)

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