日別アーカイブ: 2021-09-16

メンタル、気分の浮き沈みに付き合うコツ、紹介編 

動画アップしました。

メンタル、気分の浮き沈みに付き合うコツ、紹介編 

気分の浮き沈みに悩む人は多いですね。

食事の仕方、養生の仕方、考え方のコツをお話ししたいと思います。

メンタルを安定させるには5つのコツがあります。

1)自分の浮き沈みのパターンを知りましょう
2)沈んだときに、ジタバタするのはやめましょう。
3)ハイテンションモードの時を自覚しましょう
4)高血糖から低血糖の変動を小さくしようZ
5)養生のお灸をしましょう

メンタルで振り回されている方は多いと思います。

私自身もそんな体験はたーーーーーーーーーーーくさんあります。

それでも、だんだん自分自身の気持ちと上手に付き合うコツを掴んできたかなと
感じています。

心がたのしく、軽やかであれば、人生は楽しいですよね。

心は、座る椅子が安定しているとどっしり構えることができます。

東洋医学の世界では心のことを肝(きも)が主ると考えます。

肝っ玉が小さいとか、
肝(きも)が据わるという言葉があります。

肝(きも)は生きる意思、私達の心であり、気持ちです。
その肝が座るべき椅子を東洋医学の世界では腎と考えます。

生命の土台となる腎をはぐくみ、座り心地のよい椅子を作りましょう。
ふかふかな椅子に座る肝。

小さく震えがちな肝っ玉の小さい人が多いと思います。
私も同じです。
ぷるぷるとかわいく震えながら、まあとにかく日々を楽しくすごしましょう。
肝っ玉の小さい人同盟集まれ〜。

最近、世の中が踏み絵だと思ったこと

最近の世の中が踏み絵だと思ったこと

コロナの日々になって1年以上たちましたねえ。
コロナの感染症というのは、人から人にうつるウイルスによっておこりますね。
そこで、ウイルス対策が必要になりますし、ワクチンをと言う話しにもなります。

生牡蠣の反応も人それぞれ

以前に、友人が職場のみんなで生牡蠣を食べました。
5人で食べた、二人あたっちゃったのですが、3人はなんともありませんでした。
つまり、何か原因になる菌があっても、全員に同じ影響がでるわけではないんですよね。

今回のウイルスに対する反応もそれと同じで、大きく影響を受ける人もいるし、莊でない人もいる。色々な反応がある。

このあたりの前提があるので、話しが非常にややっこしいですね。
私自身は、モデルナワクチンを2回接種しました。
2回目の副反応は、ぎょえぎょえ〜ってな感じで、高熱、嘔吐でまいったという感じ。

これだけとりだすと、ワクチンなんて嫌!になりますね。

何かをするしないの2択だけならば、しなければ平穏

つまり、ワクチンをするしないの二択ならば、しなければ平和です。
だって、接種したことによっての副反応は明瞭。

しなければこんなことにはならなかったわけですから、しない方がいいとなります。

なにかをしたから、反応があったわけです。

しかしながら、私は、今の世の中に「ワクチンをせずに立ち向かう」という勇気はないですねえ(^^ゞ。

つまり、ワクチンをするしないの2択ではなく、

コロナにワクチンありで立ち向かうのと、ワクチン無しで立ち向かうの2択

この2択に、私はワクチンなしで立ち向かう勇気はないなあというところです。

コロナは生き物、だから変化しますねえ。ワクチンが万能ではないでしょう。

ただ、いまのところ、ワクチン無しでコロナ感染という事態は年齢的に50代後半の私にはハイリスク。また少しでも罹患するリスクが軽減されれば、私自身が人にうつすリスクも減ると理解しています。

こんなところですねえ。

草花はそれでも変わらず季節をまとっています。

 

先般散歩をしていて、センニンソウを見つけました。

これは扁桃炎に効くと有名です。

また、ずっと昔にとある患者さんが、宗教団体の秘伝の療法として受けたことがある体験をお話しくださいました。

私達は試されているのか?

私達は、病と取り組み、個として対応、社会としての対応が求められるときがありますね。

ここで、私は試されていると強く思ってしまいました。

ワクチンに対して、

コロナに対して、

どの様に考えるのかを、

まるで何かが私達を試しているようで、

その選択は間違っていないのか、

その選択でいいのか、

問い、試しているような気がしてとても苦しくなりました。

踏み絵はないし誰もあなたを試していない

そんな息苦しさを感じる中、ふと友人が、

「踏み絵」はないし、誰もあなたを試してないから、大丈夫です。
世の中ってめんどくさいですが、他面、大らかなので、そこに信頼を置けばよい
と思います。先回りして、あまり気を使わなくて良い、と思います。

と言ってくれました。

この言葉は私の、煮詰まった気持ちを解きほぐしてくれました。

そう、踏み絵でもない、試されているのでもない。

社会を生きる私として、私が選ぶ選択を素直に受け入れ、

誠実であり続けることが

私に出来ることなのかなと思います。

色々迷うけど、そんなに力まずに、とりあえず前に進みましょう。

なにかを「する」という選択は、「しない」よりも、

選んですぐにおこる変化に対する責任を伴います。

これが、自分自身で一歩踏み出す勇気が必要とされる場面なんですよね。

勇気を持って、私達の社会が早く穏やかになるようにと願っています。