| . | . |
人間というものは、一元の気でくくられた存在であると考えられるほど、完成 度の高い、自己完結した存在です。 しかし、実際に存在している人間をみると、そこには明らかに男性的肉体を もったものと、女性的肉体をもったものとがあります。このことはいったいど のように考えればいいのでしょうか? 人は、父母の精気の合体という形ちで天地の気を受け、その生命を継ぎ存在し ます。新しい生命は、このようにして一元の気として誕生するわけです。 そしてこの生命は、自ら食を探し呼吸をし排便をし、一つの完結した存在とし
て生きることができます。自らの生命を生き、老い、病み、そして死んでいく
まで、この一貫した生命を自己完結したものとして人は、生きていくことを選ぶ
ことができます。
このように、自らの生命を自己完結的に生き、終わらせることもできる人間に は、種として生命を継ぐという力も内包しています。 そしてこの生命を継ぐ力を内包しているということに気がつくことが、自己完
結的な完璧な存在としての自分を卒業し、宿命的に不完全であるものとしての
自己に気がつくということではないかと思います。★"
人間が子供から大人になる
ということには、この不完全さに気がつくということなのかもしれません。
人の成熟とは、このように自身の性に気づき、自身の宿命的な不完全さに気づ き、完全さに向けて再度挑戦することによって異性を求め、天あるいは地とし て交わり、受け継がれる生命を産み出すことによって、もう一度大いなる完成 を見ようとすることなのかもしれません。 そこには必然的に、家族のありかた、社会のあり方という問題がおきますが、ここではそれまで触れることはしません。 自己の不完全さを自覚し、大いなる完全さを求めるものとしての男性と女性に
よって作り出された家族は、その内に新たなる生命を育み、新たな生命の成長に自身
を捧げ、やがて枯れるように老いていきます。
人は、そのある時点で自身の男性性、女性性に気づき、その生物 学的な芽生えを自身の内に感じとります。 いわゆる男性は、新たなる生命を準備する上で、女性ほど身体的な変化を受け
ません。それに対して女性は、★"
あたかも未来から脅迫されるように、ある時期
から自身ではコントロールすることのできないほど、大きな身体的変化にさらされます。
女性のこの大いなる身体的な冒険は、肉体的な生命のうねりとして男性性を包 含するほどのものであると考えられるため、ここではその女性の身体について、考察を進めていこうと思います。 女性の体では月経、妊娠、出産、授乳などが、生理的なものとしておこってき ます。体の中に月の満ち欠けにもにた周期性があり、それによって大きな気血の変化がおとずれるわけです。 そして女性の身体は健康であれば、これらの変化に柔軟にそしてダイナ
ミックに対応していくことができるのです。
|
pxl02541@nifty.ne.jp