鍼灸重宝記(本郷正豊)を現代の目で読み直す試み
先日、ある先生方とお話をしていて、自分の立ち位置が非常に明確になったお話があります。
鍼灸治療は、治療を受けていて、その終わり方がいろいろあります。
最後に坐位にして、パンパンって言う感じで、サラッと気を払う治療法を伺い、
私はその底辺にながれる考え方の大きな違いを感じ、戸惑いました。
そして、いろいろな立ち位置の先生方とざっくばらんに話していて、私は、この
本郷正豊の世界に重心があるのだなと気がつきました。
また、中医学を中心とした臓腑経絡学も必須です。
それらを念頭においた私の臨床。
その根底にある、本郷正豊の世界を、臨床歴30年に達しようといういま、
再び読み直し、学び直してみようと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
ーーーーーーーーー
本郷正豊の生きていた臨床の世界
江戸時代の鍼灸家・本郷正豊は、どのような臨床の世界を生きていたのでしょうか。
その著作『鍼灸重宝記』を読み、手を動かしながら考えていくことで、彼が見ていた景色に少しでも近づけたら嬉しいなと思っています。
「江戸時代の日本語だから、そのまま読めるよ」という方もおられるかもしれませんが、私にはなかなか“難解モード”でして(笑)、現代語に整えながら進める方が理解しやすく感じています。
今回は、特に**後半の〈鍼灸諸病の治例〉**を中心に読み解いていきます。
もし興味があれば、一緒に通読していくのも面白いかもしれません(^^)
読み進める際の基本的な視点としては、中医学の臓腑・経絡・気血の概念をベースにしながら、現代の臨床と照らし合わせつつ考えていきたいと思っています。
(生命観に関するより詳しい部分は、私のホームページ内の「生きていること ― 東洋医学的生命観」をご覧いただければ幸いです。)
