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貧乏ゆすりが健康に役立つ?

貧乏ゆすりが健康に役立つ?? ほんと??

健康法ってさまざまありますね。
どういった視点から、
どういったアプローチで、
なにを変化させるのか、
どんな変化があらわれるのか。

様々な健康法を聞いているだけで面白いなあって思います。

貧乏ゆすりとの出会い

さてさて、貧乏ゆすりの話し。
ズーーーーっと昔。
なんかの健康博覧会みたいなところでの出来事。

貧乏ゆすりが股関節に効くとかなんとかで、その道具が売っていました。

なんだろ?と思ってとりあえずその「健康ゆすり」を購入。
足をのっけると、ぶいんぶいんぶいんとペダルが動き、自然と貧乏ゆすりができちゃいます。

これが股関節に効くの? ホンマカイナと思いつつ、
こんな機械にまでなっているのだから効くんだよねえ。

でも、よくわからずに購入したまま、ほとんど触ることなく、
押し入れの奥に眠っていました。

ピヨピヨ軍団の洗礼

ときどき5,3,1歳児のピヨピヨ軍団の洗礼。
揺れるマシンが大好きなピヨピヨ。
ギャーギャー喜んで奪い合い。

イヤ違うだろ!

股関節に悩む知人へ

先日、知り合いの人との会話で、股関節の問題で非常に悩んでいるとのこと。
思わず「使ってみて」と貸しちゃいました。

ピヨピヨ軍団よりもよっぽど活用してくれるだろうとも期待。

50代前半女性。
先天性股関節脱臼。赤ちゃんの頃は装具をつけ、経過観察。
高校生ぐらいまで半年に1度ぐらいで病院でチェック。
そこからは運動をしっかりして問題なし。

40代での妊娠・出産の時代に安静が長く、股関節の違和感が復活。
大きな問題なく経過するものの、
ここ1年ぐらい、足が前に出ない、股関節が痛いという症状が復活。

いつか人工関節になるとは言われていたが、
いまどうしようかと悩んでいたとのこと。

使ってみた結果

さっそく「これ使ってみてよ〜」と手渡し。
どうやるのかは、私はよくわからないから、
ネットなどで調べてねと丸投げしました。

2ヶ月経過。

「非常にいいんです〜」とおっしゃるので、
どうやって使っているの?
何がいいの?と伺いました。

使い方と効果

使い方:
朝に寝た状態で、片足ずつ5分ぐらい使う。
合計10分。

効果:
朝が特に動かなかった足が、スムーズに動く。
また、身体全体が軽く動ける感じになっている。

思っている事:
もっと時間を増やしてやってみたら、効果がでるのかなと思う。
ただ、朝のこの10分だけでも、自分としてはすごく助かっている。

貧乏ゆすりの可能性

ゆらすっていうのは、血流をあげるということになるのかな。
そして、この方にとって、股関節というのは、
一番弱点で症状が出やすい部位なのかなと思っています。

鍼灸の患者さんではないので、逆に鍼灸を排除した形で、
この「貧乏ゆすり効果」がわかって面白いなーと思いました。

しかし、貧乏ゆすりが股関節に効くって、
初めて思った人は偉大ですねえ。

健康ゆすり

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妊活の選択肢:不妊カウンセリングから

妊活の選択肢

 

ときどき、不妊治療について迷っている、という相談を受けることがあります。

私が大切だと思うのは、その方ごとの不妊治療の「難易度」です。
そして、その難易度に見合った「挑戦の質と量」を、きちんと選べているかどうか。

この2つは、妊活を続けていくうえで、とても大切なポイントだと感じています。

事実を目の前に、しっかりと状況を見極める

「妊娠できていない」という事実を目の前にすると、
「この不妊治療は無駄だったのではないか」
「私には妊娠できないのではないか」
そんなふうに、強い絶望感を抱いてしまう方が少なくありません。

その結果、「妊活をやめる」という選択を、思ったよりも早い段階でしてしまう方もいらっしゃいます。

とくに多いのが、
「ここまでやってダメだったら怖いから、これ以上はやらない」
という考え方です。

私から見ると、これは少し立ち止まって考えてほしい思考パターンだな、と感じます。
前向きな選択ができないまま、妊活を中途半端なところで終わらせてしまったり、
本当は一番大事な「時間」を、知らず知らずのうちに浪費してしまっている方が、案外多いのです。

私は、声を大にして言いたい。
「もったいない!!」

前に進みましょう。
大きな扉が開く準備は、もうあなたを待っています。

30代前半の決断

特に30代前半の、「まだもう少し頑張ればやれるかも」と感じている年代の方は、
ギブアップが早い傾向にあると感じています。

これは、「まだ大丈夫」という安心感が、
「もう治療はやめる」という選択を、軽くしてしまっているのかもしれません。

この年代の方に、私がよくお伝えする言葉があります。

「ちょっと待って。
再開するとき、同じところからスタートできるとは限らないよ。」

採卵はできた。移植もできた。
でも、妊娠が成立しなかった。

こうした経験をすると、
「採卵や移植までは、当たり前にスムーズに進むもの」
と思ってしまう方も多いのですが、実はそうとは限りません。

5年後、30代後半になると、
そもそも採卵ができない。
1個、2個しか卵が取れない。
受精しない。
移植までたどり着かない。

これまでスムーズにできていたところまでの道のりが、
一気に長くなってしまうこともあるのです。

だからこそ、「今」を大切に、進んでほしいと思います。

30代後半から40代の決断

この年代になると、「保険適応」との兼ね合いが、とても大きなテーマになります。

私は、
30代は移植6回、
40代は移植3回、
という現在の保険適応の考え方は、本末転倒だと感じています。

とはいえ、現実は厳しいものがあります。

そのため私は、場合によっては自費での採卵を組み合わせることを、お勧めすることもあります。

年齢を重ねると、卵巣の状態はアップダウンが大きくなります。

もし40代で、
もしその妊活が一人目の妊活であるならば、

「凍結は、時間を買うもの」

そう考えて、自費の採卵を組み合わせるという選択も、十分アリだと思います。

私は、「凍結とは時間を買う技術」だと考えています。
現在の保険適応の治療には、この発想があまりないように感じます。

もし卵巣機能が厳しくなってきたと感じたら、
ぜひこの考え方を、選択肢のひとつとして取り入れてみてください。

40代半ばの妊活について

40代半ばの方の妊活で大切なのは、
「今の状況を正しく把握すること」と、
「時間を大事にすること」。

私は、体外受精は時間を買う、ほぼ唯一の選択肢だと思っています。

もし、これまで一度も妊娠した経験がないのであれば、
ここは迷わず、採卵を行い、凍結胚を作ることをお勧めします。

保険適応で「6回まで移植できる」というのは、
裏を返せば、30代であっても
それくらい移植を重ねなければ、
妊娠・出産にたどり着かないケースが多い、ということでもあります。

だからこそ、
複数回の移植分を先に採卵・凍結しておくことが、何より大切。

そのうえで、移植に向けて必要なことを考えていく。
この順番が、とても重要だと思います。

40代半ば、自然妊娠への挑戦

あると思います。
40代半ばでの自然妊娠・出産。

これまでの経験から見ても、
「珍しいこと」ではなく、「確かにあること」だと感じています。

ただし、やはり条件はあります。

・男性側の状態に問題がないこと
・定期的な排卵があること
・子宮や卵巣を中心に、気血の巡りがよいこと

40代でも、妊娠はします。
ただし、その妊娠が出産までたどり着く確率は、
10代・20代とは違うということ。

そこには、やはり覚悟が必要です。

「惜しい」と感じることが多い、不妊カウンセリング

不妊カウンセリングをしていて、
「惜しいな」と感じるのは、
ネガティブな情報にフォーカスしすぎて、
前向きな選択ができなくなってしまっている方がいらっしゃることです。

また、情報を調べすぎるあまり、
ご自身の状況を踏まえた選択ができていないのでは、
と感じることもあります。

妊活は、ほんの少しのボタンの掛け違いで、
前に進まなくなることが多いものです。

もし、自分ひとりでは整理できないと感じたら、
生殖医療の「治療そのもの」から少し距離を置いた場所で、
視野を広げて相談してみることをお勧めします。

ただし、生殖医療を完全に否定するタイプの意見をもらってしまうと、
かえって混乱してしまうこともあるので、注意が必要です。

ご自身にとって、最善の道を選ぶことができますように。
そして、ほんの少しでも「子どもが欲しい」と思った方に、
良いご縁がありますように。

胚移植後の生活「いつもと同じ」でいいのかな?

胚移植後の生活は「いつもと同じ」でいいの?
――コロナのステイホームが教えてくれたこと

2020年、突然のコロナ禍とステイホーム。振り返れば本当に大変な時期でした。私の治療院でも対応に追われましたが、換気環境がよかったこと、そして「妊活を止めたくない」という強い思いを持つ方が多く、キャンセルもありながら通院を続ける患者さんも案外多くいました。

この“社会全体が急に止まった”状況は、これまでとは全く違う世界を見せてくれたように思います。そして、不妊治療と長年向き合ってきた私にとって、大きな示唆を与えてくれた出来事でもありました。

■ “普段通りでいい”の限界

近年の病院では、妊娠初期の生活指導は「普段と同じで良い」が主流です。もちろんそれで良いケースも多いのですが、体表観察やこれまでの経験から、「がっつり安静」が功を奏すタイプの方が確実に存在するというのが私の実感です。

しかし、患者さんの仕事や家庭環境を考えると、妊娠初期にしっかり安静をとるのは現実的に難しいのが常でした。ところがコロナの緊急事態宣言で、社会全体が半ば強制的に“安静”状態になりました。

■ 難治症例2件と、偶然訪れた「安静チャンス」

その2020年4月、「この方は本来なら妊娠初期の徹底した安静が必要だろうな……」と感じていた症例が2件重なりました。

社会が止まり、本人たちも落ち着かない中で、私はあえてこう伝えました。

「この状況を試せるのは今だけですよ。やってみませんか?」

そして、鍼灸治療に加えてセルフ灸もしっかり行い、

  • 午前中に家事をまとめて済ませる
  • 午後は昼寝・漫画・アマプラ
  • 夜はできるだけ早く寝る
  • “頭を使いすぎない・考えすぎない”

という徹底した安静生活を送っていただきました。

結果として、長い間うまくいかなかったお二人が、今回は無事に妊娠初期を乗り越え、出産に至ったのです。

■ コロナがくれた「安静の実証データ」

私は思いました。

「やっぱりな。」

これまで臨床の肌感覚でしか言えなかった“妊娠初期の安静が効くタイプ”の存在。その仮説を裏付けるような結果を、コロナが示してくれました。

もちろん、人によって

  • がっつり安静が合う人
  • 普段通りで大丈夫な人

これはまったく違います。

そして安静は人によってはストレス源にもなります。“自分の意思で休む”という構造は、かえって肝鬱を強めることも多いのです。

今回は「社会がロックダウンだから仕方ない」という外的要因が、むしろ気持ちを軽くし、良い条件となりました。

■ “扉が開かない時”の選択肢としての安静

コロナが教えてくれたのは、

「安静には、状況や性格に合うときにだけ開く扉がある」

ということ。

妊娠初期の生活は一律に「普段通りでOK」と片付けられません。一般論で進めないケースも確かにあります。

どうしても前に進めないとき、がっつり安静という選択肢は、時に大きな意味を持ちます。そんな臨床の学びを、コロナは私に残してくれました。

楽しいお買い物の旅・品川〜旗の台へ<

楽しいお買い物の旅・品川〜旗の台へ

ちょっとお買い物に品川、旗の台までいってきました。
大学時代の友人につきあってもらっての楽しい時間。

自分の買い物に、「付き合って〜ひとりで行くのいや〜」と
駄々っ子を言える友人に感謝、そのうえで、そういう友人がいる今に感謝です。

さて、三連休の初日、小田原駅混んでる〜

新幹線がきたぞー

品川の御殿場ヒルズ、もと百恵ちゃんが暮らしていたというマンションが見えます。
気品がありますねえ〜

イチョウが色付いています。
葉っぱが落ちた道もすてき

 

 

 

 

 

 

マリオットに到着

ランチ!

ご飯の写真はこれ一枚。
だって、美味しくて楽しくてバクバクなんだもん。

 

 

 

 

帰りも2人で御殿山をあるき、ツワブキの花にご挨拶。

またね〜と(^^)
楽しいお買い物の旅でした。

その1):1933年──ルーズベルトの演説の向こう側で、アメリカは何を選んだのか

スピーチ音読オタクのあきこです。
ちょっと読んでいた、1933年のルーズベルト就任演説、心に引っかかったので、まとめてみました。日経平均が爆上がりのいま、万が一に恐慌に備えておいても良いのかも知れない時代。
考えてみましょう。

1933年──ルーズベルトの演説の向こう側で、アメリカは何を選んだのか

1933年。フランクリン・ルーズベルトがアメリカ大統領に就任した年であり、歴史に残る就任演説を行った年です。

当時のアメリカは大恐慌の真っただ中でした。

  • 失業率25%
  • 9,000の銀行が倒産
  • 農村の疲弊
  • 国中に広がる「明日が見えない」空気

その中でルーズベルトは冒頭でこう語ります。

「恐れるべきものは、恐れそのものである。」
The only thing we have to fear is fear itself.

“恐れに飲み込まれて動けなくなることこそが危機だ”――このメッセージは、大恐慌で疲れ切ったアメリカ人の心に深く届きました。

■ ニューディール政策の開始

就任演説の直後から、ルーズベルトは「ニューディール」という社会改革を進めます。

  • 大規模な公共事業
  • 金融改革と制度づくり
  • 農業・産業の再建
  • 社会保障制度の萌芽

アメリカが“国を立て直すための行動”を本格的に始めたのが、この1933年でした。

■ ニューディールの象徴:TVAとダム建設

ニューディールの中でも象徴的な役割を果たしたのが TVA(テネシー渓谷開発公社) です。

1933年に設立されたTVAは、テネシー川とその支流に20基以上のダムを建設しました。

  • 水力発電によるインフラ整備
  • 洪水対策
  • 土壌流出の改善
  • 失業者の大規模雇用

荒れ果てた南部を“丸ごと再生する”国家プロジェクトでした。

ダム建設はただの雇用対策ではなく、「地域経済をつくり直し、人々の生活そのものを変える」ための大改革でもありました。

→ 次の記事「その2」へ続きます。