食事・食材・食べ物」カテゴリーアーカイブ

鶏肉にマイタケ炒めと生ハムいれて焼いたん

鶏肉にマイタケ炒めと生ハムいれて焼いたん

すごくおいしくて、600㌘の鶏肉を4人でぺろっと食べちゃいました。

焼き方にコツがあり、皮目から焼き、重しをして25分ぐらい。これで皮がパリパリでおいしいです。

材料:鶏胸肉、マイタケ、しめじ、生ハム

1)マイタケとシメジを塩胡椒で炒めます。これに生ハムを小さくちぎってのっけます。
2)鶏肉の皮をはがしてポケットを作り、1)で作った材料をいれて、爪楊枝で止めます。塩胡椒します。
3)皮目からフライパンで焼きます。25分。ここで重しをして(私は鍋にお水を入れて重しをしました)弱火で25分。だいたい火が通ったら、ひっくり返して2,3分。

できあがり!
美味しそう〜。

切っても崩れることがなくて、お皿にはカットして出しました。


皮目がいい色の物が人気!
うちのパクパク君(夫、ユタキチ、美味しいと人のことは考えずに食べる)情け容赦なく
パクパク。

美味しかったです。
また作りたいねえ。

ビタミンB1の発見から脚気の克服まで:栄養の歴史から⑦

ビタミンB1の発見と脚気の克服〜栄養の歴史

栄養学は近代科学をベースにし、食品分析から三大栄養素(糖質、脂質、タンパク質)の解明がすすみ、のちに、カルシウムや鉄、りんなどの無機成分、そののち20世紀になり、5番目の栄養素としてビタミンが注目されることになりました。

ビタミン、とくに最初に明らかにされたビタミンB1は多くの日本人研究者が貢献しています。明治維新以降の西洋医学を受け入れた後の研究であり、世界に日本の研究が認められるきっかけにもなりました。

明治以降に軍隊という若者の集団生活の中で多発した脚気。これがビタミンB1の欠乏症であるということにたどり着くまでの長い歴史は非常に興味深いものがあります。原因にたどり着くってむずかしいですねえ。

1910年 鈴木梅太郎が米ぬかより杭脚気因子をみつけます。
1935年、玄米や麦飯を食べれば脚気にならないとわかってもやはり白米中心であり、脚気は流行1,2万人がなくなっています。

こののち、脚気が大きく減少するきっかけは、
☆戦争による精米の7分づきへの変更
☆1952年のビタミン強化食品の認可
☆1955年以降の食事の洋風か(畜産品の摂取、米食の低下(パン食などの増加))

ビタミンB1の発見から60年ほどでほぼ克服された脚気。これを長いとみるか、短いとみるか。
病の原因をしり、その対応が取られていく過程にはいろいろなことがあるんだなあと、改めて思いました。

チョークを買ったら書きたくなっちゃいました(^^)

米を食べる習慣:栄養の歴史から⑥

白米へのあこがれは、長い歴史があります。お米をつくっても年貢として納めるばかりの時代が長く続いていたわけです。

さて、米食習慣、脚気についてもう少し考えていきましょう。

米は脚気の歴史の中でもでてきますが、あこがれの食材。逆に農耕栽培が難しく天候に左右されやすい植物です。この中でひえや粟などの雑穀は条件が悪くても育つ食物として栽培され食されてきた歴史があります。

また年貢の形で納められる社会的な基盤でもありました。お金じゃなくて米で納めていたんですよね。農民の首相は大麦、ひえ、あわ、イモ類を組み合わせたものでした。

庶民にとって、米食習慣は夢であり、あこがれ。
年貢としての意味、
農耕条件が難しいということ。
脚気の歴史

日本人にとって、米は大事な食物ですね。

さて、もう少し脚気の歴史をのぞいてみます。

脚気はいまではビタミンB1の欠乏症ということがわかっています。
しかしながら、この微量の栄養素を発見するまでは、原因もわからない恐ろしい病気として
怖がられていました。

このなかで、漢方医と西洋医の東洋脚気相撲という出来事があり、世間の注目を浴びることとなりました。しかしながら結果はどちらにも軍配があがりませんでした。

この結果については、様々な記述があり、私には今ひとつよくわかりません。漢方医が伝統的な食事療法で大麦小豆、ひえ、粟を摂取することで回復ともあるのですが、これが下痢を引き起こし心身衰弱ともあります。答えが食事のなかの微量な栄養素にあったため、他の要素が大きすぎるとビタミンB1の摂取による回復よりも、他の薬剤による虚損のほうが大きかったということでしょうかねえ。併用された漢方が瀉下をメインとするものが多かったのも心身衰弱の原因となったようです。

ちなみに、食品中のビタミンB1の含有量は、100グラム当たり玄米で0.41㎎、精白米だと0.08㎎です。かなりの違い。でも確かに玄米は消化は悪いですね。大豆でも茹でたものは0.22㎎、生ならば0.83㎎。うーんでも生では食べられません。

脚気の歴史はとくに軍隊の中で問題となりました富国強兵を目指す軍隊で屈強の若者におこることは深刻な問題です。海軍と陸軍、それぞれの比較があります。平時には麦飯の採用によって脚気は減少しましたが、兵事には白米となり再び脚気が出現。これは白米ならではのモチベーションアップによって選ばれたのでしょうか。

0.6%の塩分、計算シチュー写真入り。

シチューを作りましたというブログを先日アップしました。

あらためて、このシチュー、よく聞かれますし、私自身昨日も作っちゃいました。

ということで、あらためて写真をいれて、記事をリメイクします。
そうそう、昨日残ったシチューをリメイクしたら、娘が『なんか足したでしょ!』とブツブツ。
彼女はオリジナルレシピ道理がよかったみたいです。
でも、あんなにつくったのに一晩でほぼなくなり、朝には夫がかっさらって食べてしまったので
ちょーっとしかなくって、材料を足すしかなかったんだもん。
今度はせめて2回分ぐらいにはなるようにたーっぷり作るか(^^;)。

さて、
レシピネタは勝間和代さん。そういえば、新しいYouTubeの動画で猫と一緒に
ホットクックでビーフシチューを作っていましたねえ。猫ががんがんキッチンの流しにあがってました(^^;)
私は猫好きなんでOKですが、万人向けではないような(^^;)。

それはさておき、
シチューです。

私は、
1)材料(鶏肉、豚肉、人参、タマネギ、きのこ類)をシチュー用に切ってビニール袋にいれて計量
2)小麦粉は材料に対して3%ービニール袋にいれてがさがさ
3)塩分は材料に対して0.6%
4)水分は材料に対して水、牛乳。それぞれ20%。

論理的で簡単。

1)材料(鶏肉、豚肉、人参、タマネギ、きのこ類)をシチュー用に切ってビニール袋にいれて計量


1040㌘ですね。

2)小麦粉は材料に対して3%


31㌘です。

3)塩分は材料に対して0.6%


4)水分は材料に対して水、牛乳。それぞれ20%。
ビニールに小麦粉、塩をいれて、がーさがさと混ぜます。

それを、鍋に入れて、20%の分量の水。

あとは、最初は中火で、煮立ったら弱火で。2-30分ぐらいかな。

はい、できあがり(^^)

飲んでいるお茶は粉茶です。
これは茶葉をこなごなにしたもので、茶葉そのものも飲むことができます。
お茶はビタミンEが豊富に含まれていますが、それは茶殻のほうに残っちゃうんです。
ですので、お茶で健康を!と思うのならば、粉茶などの茶殻入りがよいですねえ。
おいしいですよ。
お茶のコーナーにあります。安いしね!!!

カレーコロッケ、トンカツの始まり:栄養の歴史から⑤

カレー、コロッケ、トンカツは明治維新文明開化、肉食の受容から始まります。

日本では昔から肉食が禁忌の意識をもって定着してきました。675年の天武天皇の時代から、繰り返し禁令発布されていました。仏教が殺傷を禁止した宗教的背景や、権力に対する様々な統治などなど理由は時代によって様々ですが、基本的に肉食を禁忌する意識があったわけです。

そのなかで、文明開化の足音として、「肉食禁忌の否定と、肉、牛乳の奨励」は大きな変革です。

また、同時に、海外との交流という意味合いでも、西洋料理が入ってきています。いまだに宮中晩餐会はフランス料理。もてなすためなんでしょうかねえ。まあ、羊料理を中心にして食文化が異なる人でも食べやすいということもあるのでしょうかね。

また明治10年頃からは女性を主な読者層とする雑誌なども創刊され、ご飯にあう西洋料理としてコロッケ、カレーライス、トンカツなどがうまれて一般にひろがっていきます。いまおなじみのこれらの料理、文明開化と共に広がったんですねえ。