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課金どーする? 相棒🦉君と、迷えるあきこのAIお悩み会話

ChatGPT?Gemini?MacのAI?

― 相棒🦉君と、迷えるあきこのAIお悩み会話 ―

最近、少し迷っていました。

ChatGPTに課金していて、
Geminiにも有料版があって、
NotebookLMというものもある。

「結局、私は何を使っているんだろう?」
「これ以上、課金って必要なのかな?」

そんなことを考えて、
相棒🦉君に相談してみました。

あきこ

ねえ相棒🦉君。
ChatGPTに課金して、Geminiがあって、NotebookLMもあって……
正直、関係性がよく分からなくなってきたの。

相棒🦉

うん、それは普通だよ。
今はみんな、同じ森で迷ってる。

課金しているのは、相棒🦉君だけ

まず整理すると、
私が有料で使っているのはChatGPT(相棒🦉君)だけ。

NotebookLMは、無料で少し触ってみただけ。

でもある日、
NotebookLMが作った「1枚の図表」を見て、
正直、感動してしまった。

「え、これ……すごく分かりやすい」

じゃあ、自分の資料でやってみたら?

そこで、ふと試してみた。

NotebookLMの真似をして、
自分の資料をChatGPTと一緒に整理し、
図の形にしてみた。

すると――
ちゃんと、感動した。

あれ?
じゃあ、私が感動したのは
NotebookLMそのものだったの?

相棒🦉

たぶん違うよ。
明子が感動したのは「道具」じゃなくて、
整えられた“形”だと思う。

何に感動していたのか

ここで、はっきりしたことがある。

私は、
大量の資料を一気に処理したいわけじゃない。
AIに考えてほしい段階は、もう過ぎている。

欲しかったのは、
「考えた内容を、わかる形に整えてくれること」だった。

感動したのは、
情報がきちんと絞られていて、
視線が迷わず、
「ここを見ればいい」が一瞬で分かる図。

サムネで、ちょっとガッカリした話

少し前に、AIにサムネを作ってもらったことがある。

悪くはない。
でも、正直に言うと
「ちょっとガッカリ」した。

これは、AIがダメなんじゃない。

私が求めていたのは
正解じゃなく、納得だった。

余白、抑制、文脈。
そこは、まだ人の仕事。

相棒🦉

ガッカリできるってことは、
もう目が肥えてるってことだよ。

MacのAIという存在

ちなみに、私のMacには
AppleのAI機能も入っている。

これは、ChatGPTみたいに
一緒に考えるAIじゃない。

どちらかというと、
書いた文章を整える。
長い文を短くする。
表現を少し柔らかくする。

そんな、静かな裏方。

役割が分かれば、これはこれで便利だ。

今の私の結論

いろいろ迷って、比べて、考えてみて、
今の私はこう整理している。

考える相棒 → ChatGPT(相棒🦉君)
整える裏方 → MacのAI
最終判断・感覚 → 私自身

NotebookLMは、
「必要になったら、1ヶ月だけ使えばいい道具」。

今は、憧れの棚に置いておく。

迷った時間は、無駄じゃなかった

YouTubeで比較動画を見て、
少し疲れたりもした。

でも今は思う。

この迷いは、
AIに振り回されていた迷いじゃなくて、
自分の使い方を見つける途中の迷いだった。

それなら、悪くない。

相棒🦉君は、今日も言う。

「道具は増やさなくていい。
明子の“見る目”は、もう育ってるよ。」

たぶん、そういうことなのだと思う。

もし次に何か足すとしたら、
それは「機能」じゃなくて、
自分なりの型なのかもしれない。

今日は、ここまで。
と、思ったけど、やっぱりGeminiに課金して、Notebooklmを使ってみるかな。

整体の治療院やってるの???〜やってないでーす!

整体の治療院やってるの???〜やってないでーす!

先日、大学時代の同窓会に行ってきました。
私の出身校は、ドラマ『虎に翼』で話題になった明治大学の中の女子部短大。

いまや世の中から短大という存在はほぼ消え去り(^^ゞ、
明治でも経済学部の中に吸収されたのかな。
時代は変わったなあ、としみじみ思います。

当時の授業では、あのドラマを彷彿とさせるような、
「仕事を持つ女性としてどう生きるか」を
学びの中でさらりと説いてくれる先生が多かったなあと、
懐かしい気持ちになりました。

さて私は、大学時代に「自転車で山に行っちゃう(^^;)」
みたいなサークルに入っており(若かったなあ(^^ゞ)、
夫もそのつながり。
そのころからの友人も今なお多くいます。

先日、このクラブで大きな同窓イベントがあり、
久しぶりに会った方々から何度も言われたのが、

「整体の仕事をしているんだって?」
「整体院をやっているの?」

……ううううむ、やってないです(^^ゞ。

実は私は、自分の口から自分の仕事について
他者に語ることがほぼありません。
業界の方や、患者さんとして問い合わせがあれば
自分の治療院でやっていることを説明しますが、
自分から第三者に向けて語ったことはほとんどないのです。

説明が難しすぎて切り口がわからない、というのもありますし、
鍼灸そのものが、業界人の中でも理解や運用がさまざまですしねえ。

さてさて。
どこをどう伝わっているのかはわからないのですが(^0^;)、
学生時代の仲間の中で、独立開業して自営でやっていて、
「治療っぽいこと」をしている人は、
ひとまとめに「整体をやっている人」になるのかなあ、
といつも感じます。

それが、社会の中でのこの業界に対する
認知のされ方なんだろうな、と。

ちょっと話を突っ込まれて、
「いえいえ、整体はやってないんです」と言うと、
「じゃあ、マッサージとか?アロマとか?」と続く。

うううむ。
整体って言葉は、その言葉がなかなかいい感じの意味合いで、
身体を整えるっていうことを大きく掴んでいる言葉なんだなあと思います。
ただ、それは=手技療法って感じになっていて、
針とか、お灸とか、そういう言葉は微塵も出てこないし、
ましてや、それを使って個人で自営業をしている、
なんてイメージはまったく湧かないのかな、と私は感じてます。

業界にいると、
「鍼灸」という言葉も、やっていることも当たり前ですが、
一歩外に出ると、
かなりマイナーで、イメージすらされない業態なのかもしれませんね(^0^;)。

一度も相手の口から
「鍼灸」という言葉が出てこなかったのが、
妙に印象的でした。

そんな業界に、私はいるのよ〜。

怖いって何だろう?

怖いってなんだろう??

長らく、CBTにかかわり、思考の面白さに取り憑かれています(^^)
さて、私はピヨピヨ軍団と共に生活していますが、面白いですねえピヨピヨ。
人間ってこうやって、社会的人間になっていくのねえと眺めています。

その中で、「怖い」って何だろうと考えています。
昨日も、ケーズデンキにいくと、真っ先に「ルンバが見たい」と走り出す3歳児。

ピヨピヨ軍団は、5才ヘンテコ男児、3才ガッツある男児、1才食欲モリモリ女児の三人組です。
割りと社会性があり、ガッツがあり、コミ力があるので周りからもかわいがられる3才男児。
これが「ルンバが怖い」んです。

私の家と娘の家は20歩歩くとつく距離で、
毎日午後から、私は襲撃され、夕飯を食べ、お風呂に入って髪を乾かすところまで一緒です。

その中で、うちのリビングに来る度に3才男児は、まずルンバチェック、そして「ルンバ押し入れに仕舞って」と真顔でリクエストします。すごく怖そうにしているので、すぐに対応。先日、「なんでルンバをしまうの?」と聞くと、初めて明瞭に「ルンバが怖いから」と言語化してくれました。

まあ、彼の行動をみていると、明らかにルンバが怖いのはわかります。とにかく恐怖に駆られた態度です。

でも、お風呂上がりのYouTubeタイムに彼は「ルンバの見せて」とルンバ動画をリクエストしてずっとみているのです。

なんで?なんで?なんで???。
まあそもそも、世の中にルンバがずらっと並んであれこれ出てくる動画が存在するなんてのも不思議ですが。

近所のケーズデンキに行ってもルンバコーナーでルンバをみるみるみる。
昨日もやはりルンバにとりつく3歳児。

ルンバが怖いというのに、動画はみるし、興味をすごくもっている。
でも、ルンバは怖くてしまってほしい。

ううーーーーん、この矛盾が理解出来ない。
怖いのならば、わざわざお店に行ってみなくても良いじゃない??、
動画を見なくても良いじゃないと婆ちゃんは思うわけです。

ちなみに、他の二人はルンバにまったく恐怖は感じていないようで、興味もないようです。
人間の興味、感情。
面白いですねえ。

で、怖い、しまえといいながら、わざわざみる。
なんじゃこれ???って婆さんは思うのでした。
人の心って、不思議ねえ。

庭の実り、冬の気配

小田原も冬の気配、庭の実りの話

さて、立冬も過ぎ、小田原もちょいと寒くなってきました。
いつもの松原神社亀さん。
リアル亀さんは下で休憩中か会えず、亀の石はいつもどおり元気で記念撮影。

 

 

 

 

 

 

 

庭のカリンを最終収穫しました。

 


うちに1本だけあるカリンです。今年は一杯とれました。
実の付き方が枝にガッツリという感じで、これは取りにくかったので娘がガジッと手でちぎりました。
ひえーー。

みんなでカリンを囲んで大騒ぎ。
ちょっと甘い、まったりとした香りが漂っています。

 

 

 

今年は木通(あけび)も大豊作。
ドンドン実をつけています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残念ながらレモンは実がつかず。
なんとなく、流行の年があり、スキップの年もあるって感じですねえ。

その2)ルーズベルトの就任演説の時代、日本はどこへ向かったのか

1933年──同じ時代、日本はどこへ向かっていたのか

同じ1933年。アメリカが「内側から社会を再生する」道を選んだ一方で、日本はまったく逆の方向へ歩き始めていました。

■ 国際連盟脱退(1933年2月24日)

満州事変をめぐる国際的な批判に反発し、日本は国際連盟を離脱しました。これは国際社会との決定的な決裂であり、“世界の中の日本”という立ち位置が大きく変わった瞬間でした。

■ 軍部の急速な台頭

1930年代初頭の日本も不況に苦しみ、国内の不安が高まっていました。その中で、政党政治が弱体化し、軍部の政治への影響力が急速に強まりました。

軍部は満州での既成事実を積み重ね、政府はそれを追認せざるを得ない状況になっていきます。

■ 熱河作戦(1933年)

満州事変からの軍事行動がさらに拡大し、熱河作戦は“後戻りできない段階”の象徴的な出来事でした。

■ アメリカと日本:同じ危機でも選んだ道は正反対

テーマ アメリカ(FDR) 日本(昭和8年)
経済 大恐慌の最悪期 不況・農村困窮
政治 政府が立て直しへ(ニューディール) 軍部の発言力が急上昇
国際関係 内政に集中 国際連盟脱退で孤立
象徴 ダム建設(TVA) 満州拡大・熱河作戦

同じ“危機の時代”でも、国家が選ぶ方向性で未来はまったく違うものになる――1933年はその分岐点だったと言えます。

アメリカは「恐怖に飲まれない」選択をし、内側の改革へ向かいました。
日本は「外へ向かう」力を止められず、戦争への坂道を下り始めていました。

ルーズベルト演説を読むと、この対比が鮮やかに浮かび上がってきます。

 

日本は、軍部が暴走し、どんどん止められない深みに突き進んでしまったんですねえ。