鍼灸院の謎① 名人はなぜ生まれるのか?
先日、関西に住む友人からこんなことを聞かれました。
「横浜でいい鍼灸院知らない?」
さて困りました。
知り合いの先生のお顔はいくつも浮かぶのですが、「どんな鍼灸をしているか」と聞かれると実はよくわからないのです。
同じ「鍼灸院」という看板を掲げていても、その中身は驚くほど違います。
考え方も違う。
使う技術も違う。
目指していることも違う。
そして何より、施術者個人の技術や経験が大きく影響する世界です。
このことを考えていたら、自分が鍼灸や整体の世界に入った頃のことを思い出しました。
少し長い話になりますが、今回から数回に分けて書いてみようと思います。
名人の先生は違う
当院に通ってくださる方に、以前どのような治療を受けていたかを伺うことがあります。
「他の治療院での鍼灸はどうでしたか?」
「どんな感じが違いますか?」
そんなお話を聞いていると、時々「ああ、この先生は名人だな」と思うことがあります。
なんだかんだ言っても、鍼そのものの技術が違います。
お料理で例えるなら包丁さばきでしょうか。
目の前のマグロを包丁一本で見事にさばいていく職人のように、理屈を超えて「ここだ」という場所を見つけ出し、的確に対応していく。
鍼という技術は、とても属人性が高いものだと思います。
整体も同じかもしれない
そう考えると、整体の世界も同じです。
どんな理論を語るにせよ、
どんな説明をするにせよ、
実際の施術技術には大きな差があります。
理論の説明。
症状の説明。
改善への道筋。
どれも大切ですが、それだけでは結果は決まりません。
私は後に、そのことを強く実感する出来事を経験します。
整体の世界で見たこと
私は鍼・灸・あん摩マッサージ指圧の国家資格を取得しました。
しかし当時は、鍼灸師になるよりも整体師になりたいと思っていました。
なんというか、学校で3年も学んでいながら、どうしても私には鍼灸が身近なものには感じられなかったのです。
それよりもずっと身近だったのは、カイロや整体でした。
そこで免許を取得した私は、整体の勉強を始めました。
ご縁のあった先生がいらっしゃる団体に所属し、愛媛県松山市へ毎月一度通い続けながらさまざまな講習を受けました。
ところが実技になると驚いたのです。
同じ理論を学んでいるはずなのに、状態を悪化させる人もいる。
一方で、その悪化した状態を元に戻し、症状まで改善させてしてしまう人もいる。
いわゆる名人です。
私は技術を見ながら考えました。
理論は理解できる。
手順もわかる。
しかし、できるかどうかは別問題だ。
そして私は、自分にはまだその技術がないと認めざるを得ませんでした。
そのうえで、理論や勉強をいくら積んでも、私にはその技術を表現する技量は身につかないなとも実感しました。
そもそも整体やカイロで見られる独特の動きや感覚は、習えば誰でも身につくというより、その人自身の資質や感覚が大きく関係しているのではないかとわかったからです。
整体もまた、非常に属人性の高い世界だったのです。
(次回へ続く)















