アドラー心理学」カテゴリーアーカイブ

第一章: -2)どんな場合に不適切な行動をする?

スマイルパセージ復習です。
第一章の子どもを理解するです。
1では、子育ての目標を学びました。
さて、つぎ2,3へと進みます(^^)。


2)どんな場合に子どもは不適切な行動をするか

不適切な行動をする子ども4つ

1)不適切と知らない

2)知っているけど、適切な行動を知らない

3)両方知っているけど、適切をしてもダメと信じている

 (勇気がくじかれている)

4)不適切な行動でのぞむ結果をえている

行動の原因ではなく、目的を考えてみましょう。
たとえば、ケンカしている兄弟。その原因は?と考えますね。
お兄ちゃんが蹴っ飛ばしたから、弟がおもちゃを取ったから。

どちらも原因ですね。

ただ、原因からは解決は生まれません。
目的を聞いてみましょう

弟:お兄ちゃんのもっているおもちゃを使いたかった

兄:このおもちゃで遊びたい。だから貸したくない

行動の目的がわかりましたね。

そこで二人に提案が色々出来ると思います。
ケンカという殴り合いの解決ではなく。
弟に、「お兄ちゃんのもっているおもちゃを貸してってお願いしたら?」と提案

お兄ちゃんには「弟におもちゃを貸してあげたら」と提案。
お兄ちゃんには他に、「一緒に遊んだら?」などなど、さまざまな解決法が浮かびますね。

原因じゃなく、目的を尋ねてみることで、ケンカという暴力によらない解決の糸口がみえるようですね。

 

 

第一章:子どもを理解する -1)子育ての目標

これから、アドラー心理学の子育て講座、スマイルとパセージを含めながら復習をしていこうと思います。

この子育て講座は、アドラー心理学の基本的な要素がしっかりと入り人間関係、愛、交友、仕事のタスクのうち、とても濃い愛のタスクの範疇にある、親子関係をベースにしているのでハードルも高く、一番キソを固めるのには最適だと思います。

私は、アドラー入門者時代に、この二つの講座を受講しました。

1つは北風陽子先生、もう一つは野田俊作先生です。このあいだに、基礎講座を岸見一郎先生から受講しました。また野田秀作先生の実践カウンセリングが私の教科書です。

いま、孫育ての現役となった私にとって、やはりアドラーはとても頼りがいのある軸です。しっかりと学び直していきたいです。

では第一章から始めますね。

中心はパセージです。

第一章:子どもを理解する

目次

  • ・子育ての目標
  • ・なぜ旧来の育児ではダメなのか
  • ・どんな場合に子どもは不適切な行動をするのか(4つ)
  • ・行動の目的を考えよう
  • ・正の注目と負の注目
  • ・親が変わらないと子どもは変わらない
  • ・子どもの不適切な行動(^^)どうたいしょするか
  • ・行動の目的にはどんなものがあるか
  • ・勇気づけをはじめよう
  • ・勇気づけってなに?

1)子育ての目標

行動:自立する、社会と調和して生きる

心理:私には能力がある、人々は仲間だ

子育ての目標には行動の2つの目標と、心理面の二つの目標があります。

行動は信念から出ているので、行動の目標のために信念の目標も必要です。

アドラーでは、

心理:私には能力がある、人々は仲間だ

この2つを、適切な信念と考え、この信念を育て、行動を変えていこうという考えです。

さて、パセージではここで、野田さんが

「従来の育児ではダメなのか」というテーマで語っています。

この中で、”従来の育児は、封建時代の社会へ子どもを巣立たせるための育児であり、今の時代には不十分だ”とし、現代では、子どもは世界が広がり、親が全く知らない世界へ旅立っていく。親子が縦の関係出会った時代から、横の関係になる時代の育児をと提唱されています。目標をしっかりもつこと、効果的な科学的な新しい社会に適する子育てをという野田さんの信念を感じます。

時代がかわり、人間関係もかわる。子育てもかわるんですねえ。

アドラー心理学の難しさ

アドラー心理学の難しさ

 

アドラーが私のベースではあります。
これは、ずーっと昔、子育て時代にであった、アドラーでの講習などがスタートで。
岸見先生の基礎講座がベースです。スマイル、パセージも懐かしい。

  • ・嫌われる勇気
  • ・個人心理学
  • ・課題の分離(スタート)
  • ・共同体感覚(ゴール)
  • ・共同体感覚の3つの要素:自己受容、他者信頼、他者貢献
  • ・共同体感覚に価値を置く
  • ・縦の関係、横の関係
  • ・幸福とは
  • ・嫌われる勇気

アドラーの「嫌われる勇気」は読みやすい本です。

この嫌われる勇気という言葉は、「課題の分離」という出発点に立ち、他者の課題から降りるということで、「自由」を得るということにつながります。

・課題の分離(スタート)

バッサバッサと課題の分離をすることは、初めは抵抗感があるかもしれませんが、慣れると非常に便利で使い勝手のいい概念です。

『だれの課題なのか』ということは、顛末を引き受ける人の課題であるわけですから、顛末に関与しない課題からはおりればいいわけです。

・共同体感覚(ゴール)

この共同体感覚が、アドラー心理学で語るところのゴールです。

自由を選び、他者から嫌われることを恐れず、他者の人生をいきない、自分だけの道を生きる。

その上で、ゴールは『共同体感覚』にあり、三つの要素から成り立ちます。自己受容、他者信頼、他者貢献です。

・問われる価値

この共同体感覚の自己受容、他者信頼、他者貢献は、かなり『価値』を問われる問題だと思います。

・ここで、価値の前提となるのが、縦の関係、横の関係という人間関係です。アドラーでは横の関係を前提としています。親子であっても縦の関係ではなく、共同体を構成する一員としての横の関係です。横の関係があるためには、他者信頼があります。つまり、信頼と懐疑、どちらに価値を置くかということが問われるわけです。信頼とは自分の課題であり、他者がどうであっても無条件で信頼するということで、ここもかなり大きなハードルではあると思います。

・幸福とは

アドラーでのゴール、共同体感覚を前提として、『幸せとは(主観的な)貢献感である』とされ、承認欲求からの解放があり自由があります。

生きている意味の輝きの星として”他者への貢献”をかかげ、自由を選ぶとは他人の課題から降り、自分だけの道を生きるとするアドラー。

課題の分離まではストンと飲み込めても、この共同体感覚は自身の価値の軸を変え置くようなところもあり、なかなか難しい自分自身にとわれる課題だと思います。

認知行動療法での子育て、片づけ

先日、ある方が紹介されていた中島美鈴さんの本。

根性のない私は、先ずマンガからと思い、『マンガでわかる精神論はもういいので怒らなくても子育てがらくになる『しくみ』を教えてください』をポチりました。

で、いま子育て(いや孫育て)まっただなかなので、ヒットなんですが、自分にも大ヒット。

認知行動療法が、物や時間を管理する習慣をつけようという、テーマで語られ、

『環境や物理的な問題点と向き合うことが認知行動療法』ということに目からウロコでした。

私はめっちゃくちゃ物の管理が出来ない人なので、この本のノウハウ、頑張ってみようと思いました。

アドラー的言葉も参見する中、整理整頓で人生を変えたいと切に願いながらも、なんもできていないわたしなので、『変わりたい』と思いました。

いま、ちょうど新しい扉を開けようとしている転換期。
今まで積み重ねてきた物をしっかりと土台にしながら、
表現の仕方としての、臨床、治療院、仕事のやり方、人間関係など
大きな変革の時としたいと思っています。

名刺も、パンフも、仕事のやり方も、大きく変えようと思っています。
いままで仕事中心主義でしたが、家族のため、小さい人達のために
これからの時間を使いたいと思いますし、
仕事を通じて、皆さんの人生が少しでも豊かに歩めるお手伝いをしたいと
切に願っています。

この片づけに対する認知行動療法、
この1年、大分学んできましたが、この自分の人生との出会いで
大きく私の変革を後押ししてくれそうです。

感謝<(_ _)>

カウンセラーという言葉の安易さに・・・

学び、というのは、本当に楽しい趣味だと思います。

私自身、勉強は趣味だと思っていますし、その趣味の延長のような形で、仕事がなりたっており、その仕事(鍼灸臨床)からフィードバックされるように、自らの学びが深まっていくことに喜びを感じています。

心理学的な学びは、アドラー心理学に軸足をおいています。
ただ、カウンセラーという立場になろうと思ったことはなく、そのあたりには
敬意をもって距離をおいていました。

でも、このカウンセラーという言葉が安易に使われる現状に、うううううむです。

そして、ふと、野田俊作先生の言葉に戻っている自分を発見しました。
以下は自分自身が書いたものですが、なんか納得なので、掲載しておきます。

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アドラー心理学を学ぶこと

アドラー心理学を学び、私の心理学的なアプローチの基礎になっています。

まあ、認定のカウンセラーになろうという気はなく、自分自身の生きる道の道標として

とても納得できるところなので、心の中に置いてあるという感じでしょうか。

私自身は天邪鬼です。そして自分が”協力的ライフスタイル”でありたいなあと

願っています。天邪鬼はなかなか素直に協力的ライフスタイルであることができません。

それでも、人として協力的ライフスタイルをいきたいと願っています。

願っていても、なかなか自分を変えることができないので、ときどき振り返り修正。

何年も長く修正をやっていると少しずつ変わって行けると信じているのです。

少しずつでいいと思っています。

自分の使い勝手のいいライフスタイルを変えることは大変。

だって、長年使いやすく使ってきたんですからね。

ただ、そのライフスタイルで困っていたり、ライフスタイルを変えたいと思ったら

いつでも変えられる。

そう信じています。

私は自分の幸せよりも、自分の周りにいる人の幸せのためにいきたい。

ついつい自分が使いたくないライフスタイルが顔を出しますが、

あ、違うなと感じ、修正。そんなことの繰り返しです。

神経症的策動について

 

さて、アドレリアンの野田さんのブログを読んでいたらこんな記事を見つけました

”「神経症的策動 neurotic maneuver」というものがあって、カウンセラーが自分の失敗をうまく言い逃れする技術だ。ある言い回しをすると、言い訳として通用する。どうして言い訳として通用するかというと、世間がそういう言い訳を許容するからだ。たとえば、患者さんが「この症状さえなくなったら、いくらでも働きます」と言うと、ある治療者は「早くよくなるといいですね」などと言って、「そんなことを言っていないで早く働きなさい」などとは言わない。そうして、神経症者は永遠に「この症状さえなくなったら」と言い続け、治療者は永遠に「早くよくなるといいですね」と言い続ける。こうして神経症者は非生産的な生活を続けながら、世間と、さらには自分自身とを、欺き続ける。そこに親などからの経済的援助や、あるいは社会保障がからむと、いわゆる二次的疾病利得が生じて、神経症が主たる収入源になってしまい、患者業はいつまでも商売繁盛することになる。”

人は気づかずこの言い訳を使ってしまい、聞いている方はなんとなく納得させられてしまいます。

患者さん;風邪の症状がいつもでて、身体が熱ぽいので仕事ができないのです

カウンセラー:風邪の症状がよくなるといいですね。そうしたら仕事ができますね

患者さん:はい、風邪の症状さえよくなれば、仕事ができます。私にはいつも風邪の症状があるし、

いつ風邪の症状が出てくるか不安なので、仕事は出来ないのです。

カウンセラー:そうですね。風邪が早くよくなるといいですね。

患者さん:はい、風邪の症状さえなければ働けます。ただ、仕事にいくと風邪を引くのではないかと思うので、職場にもいけません。

この方の「風邪」は、

  • 風邪を引いていれば仕事ができない
  • 仕事にいくと風邪を引くと思うと仕事ができない、
  • 風邪の症状がいつ出てくるか不安で仕事ができない。

つまり、風邪があってもなくても、仕事は出来ないという説明になっています。

問題は”風邪”ではないのですよね。

ですので、この風邪という問題を外して、”仕事”と自分はどう向き合いたいのかを

率直に考えてみなければ、いつまでも「風邪」というアイテムをつかって、

自分自身が仕事とどう向き合うのかというタスクを正面から考えることができなくなっています。

しかしながら、この状況にご自身が不都合を感じているのならば、

変えるときなのです。その時が来ているのです。

このアドラー心理学の考え方はとても厳しい考え方だなと思います。

そして厳しくも、人生を前に押してくれる考え方だと思います。

人生は短い、そして美しい。

私たちに許されている時間を、その美しく短い人生に輝きをもたせて歩んで行けたら

いいなあって思っています。