いつもの生活」カテゴリーアーカイブ

庭の実り、冬の気配

小田原も冬の気配、庭の実りの話

さて、立冬も過ぎ、小田原もちょいと寒くなってきました。
いつもの松原神社亀さん。
リアル亀さんは下で休憩中か会えず、亀の石はいつもどおり元気で記念撮影。

 

 

 

 

 

 

 

庭のカリンを最終収穫しました。

 


うちに1本だけあるカリンです。今年は一杯とれました。
実の付き方が枝にガッツリという感じで、これは取りにくかったので娘がガジッと手でちぎりました。
ひえーー。

みんなでカリンを囲んで大騒ぎ。
ちょっと甘い、まったりとした香りが漂っています。

 

 

 

今年は木通(あけび)も大豊作。
ドンドン実をつけています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残念ながらレモンは実がつかず。
なんとなく、流行の年があり、スキップの年もあるって感じですねえ。

その2)ルーズベルトの就任演説の時代、日本はどこへ向かったのか

1933年──同じ時代、日本はどこへ向かっていたのか

同じ1933年。アメリカが「内側から社会を再生する」道を選んだ一方で、日本はまったく逆の方向へ歩き始めていました。

■ 国際連盟脱退(1933年2月24日)

満州事変をめぐる国際的な批判に反発し、日本は国際連盟を離脱しました。これは国際社会との決定的な決裂であり、“世界の中の日本”という立ち位置が大きく変わった瞬間でした。

■ 軍部の急速な台頭

1930年代初頭の日本も不況に苦しみ、国内の不安が高まっていました。その中で、政党政治が弱体化し、軍部の政治への影響力が急速に強まりました。

軍部は満州での既成事実を積み重ね、政府はそれを追認せざるを得ない状況になっていきます。

■ 熱河作戦(1933年)

満州事変からの軍事行動がさらに拡大し、熱河作戦は“後戻りできない段階”の象徴的な出来事でした。

■ アメリカと日本:同じ危機でも選んだ道は正反対

テーマ アメリカ(FDR) 日本(昭和8年)
経済 大恐慌の最悪期 不況・農村困窮
政治 政府が立て直しへ(ニューディール) 軍部の発言力が急上昇
国際関係 内政に集中 国際連盟脱退で孤立
象徴 ダム建設(TVA) 満州拡大・熱河作戦

同じ“危機の時代”でも、国家が選ぶ方向性で未来はまったく違うものになる――1933年はその分岐点だったと言えます。

アメリカは「恐怖に飲まれない」選択をし、内側の改革へ向かいました。
日本は「外へ向かう」力を止められず、戦争への坂道を下り始めていました。

ルーズベルト演説を読むと、この対比が鮮やかに浮かび上がってきます。

 

日本は、軍部が暴走し、どんどん止められない深みに突き進んでしまったんですねえ。

その1):1933年──ルーズベルトの演説の向こう側で、アメリカは何を選んだのか

スピーチ音読オタクのあきこです。
ちょっと読んでいた、1933年のルーズベルト就任演説、心に引っかかったので、まとめてみました。日経平均が爆上がりのいま、万が一に恐慌に備えておいても良いのかも知れない時代。
考えてみましょう。

1933年──ルーズベルトの演説の向こう側で、アメリカは何を選んだのか

1933年。フランクリン・ルーズベルトがアメリカ大統領に就任した年であり、歴史に残る就任演説を行った年です。

当時のアメリカは大恐慌の真っただ中でした。

  • 失業率25%
  • 9,000の銀行が倒産
  • 農村の疲弊
  • 国中に広がる「明日が見えない」空気

その中でルーズベルトは冒頭でこう語ります。

「恐れるべきものは、恐れそのものである。」
The only thing we have to fear is fear itself.

“恐れに飲み込まれて動けなくなることこそが危機だ”――このメッセージは、大恐慌で疲れ切ったアメリカ人の心に深く届きました。

■ ニューディール政策の開始

就任演説の直後から、ルーズベルトは「ニューディール」という社会改革を進めます。

  • 大規模な公共事業
  • 金融改革と制度づくり
  • 農業・産業の再建
  • 社会保障制度の萌芽

アメリカが“国を立て直すための行動”を本格的に始めたのが、この1933年でした。

■ ニューディールの象徴:TVAとダム建設

ニューディールの中でも象徴的な役割を果たしたのが TVA(テネシー渓谷開発公社) です。

1933年に設立されたTVAは、テネシー川とその支流に20基以上のダムを建設しました。

  • 水力発電によるインフラ整備
  • 洪水対策
  • 土壌流出の改善
  • 失業者の大規模雇用

荒れ果てた南部を“丸ごと再生する”国家プロジェクトでした。

ダム建設はただの雇用対策ではなく、「地域経済をつくり直し、人々の生活そのものを変える」ための大改革でもありました。

→ 次の記事「その2」へ続きます。

英語音読用のカタカナ表記GPTS作っちゃいました!

音読オタク続く

英語のスピーチ音読オタクの米山です。

ケネディー、キング牧師などのスタンダードなものから、
アメリカの独立宣言などのちょっと凝ったものまで。

何度も同じものを読むので、結構流暢に読めてますが
意味はぜんぜんわかってないので、英語力はちっともつきません(^^ゞ

ただ、音読ってすごく楽しいんですよね。
歌っているような感じになります。
とくに、なかなか読めないスピーチなどがだんだん
スムーズにいくようになると、ホクホクしてきます。
上達を実感できるんですよね。
うふふ。

マッカーサー1962年のスピーチに挑戦

さて、そんなスピーチ。
いま挑戦中のマッカーサー1962年のスピーチがなかなか難しいです。

マッカーサーの1962年のスピーチ

難しい難しい。
私は、あの発音記号が読めないのです。
で、困っているとchatgpt先生が、カタカナで出してくれることを発見。

一人でできるもんの世界がひろがりますね。

ChatGPT先生のすごさ

たとえば、こんな感じです。

This does not mean that you are war mongers.
ディス ダズ ノット ミーン ザット ユー アー ウォー モンガーズ。
これは、あなた方が好戦的であるという意味ではありません。

すごいーーー!Chat先生の優秀さに感動です。
で、ついでに、GPTSもつくってみました。

英語カタカナリーディングGPT

うふふ。
これでもうバッチリ(の、はず(^^ゞ)

はりきゅうの日イベントに行ってきました

はりきゅうの日イベントにいってきました

先月の8月9日、夏のさかり。
鍼のメーカーセイリンさんに呼ばれて、
はりきゅうの日イベントで、講義をしてきました。

東京・神田へ

場処は、東京神田:
明治大学出身の私にとっては懐かしいこの地。
ワクワクしてでかけてきました。

どうせお茶の水にいくのならば、同じ大学出身の友達と翌日に遊ぼうということになり、ホテルに荷物を置きに。そこが御茶ノ水駅前、
セイリンさんの会社は神田・・・・

方向音痴な私、やっぱり迷っちゃいました。
グーグル先生は徒歩8分というのに、30分ほどかかりました。
いや!迷ったのではなく、散歩したかったんだよ!!

美容鍼の先生の講義を見学

まず美容針の先生の講義を見学:
私は11時からで、その前の時間は美容針をなさっている先生の講義で見学させていただきました。

すごく滑らかで、すばやくて、いままでもっていた鍼灸のイメージを打ち破る上品さ! エステですねえ〜。
ステキだなあって思いました。
こんな鍼灸の世界もあるんですねえ。

自分の講義

自己紹介から入りましたが、もう30年も臨床しているんだ私(^^;)。
そして、パソコン通信から、インターネット、WEB、ブログ、症例と、とにかく書くが大好きで、鍼灸の世界をガッツで書き物してきたんだなあとしみじみ。

ネットの世界では、いわゆる管理人さんをながらくやっています。
いまは、Facebookの鍼灸分科会っていうグループで管理人さんです。
いろんな方がいらして楽しいですよん、時に暴走族がいたり、時に深く考える方がいたり。学びになります。

パイオネックスを使った実技

さて、講演は、パイオネックスという、セイリンさんの置き鍼を使った症例の紹介。

この道具縛りがあって、かえって気楽で楽しい感じでやれました。
実技では、わりと自由にやらせていただいたので、面白く楽しかったです。

というか、ペンとハリ(パイオ)を持たされて、目の前にはじめて見るからだがあったら、もうワクワク。
なにしたっていいんですよねー(そんなことはない!)と思いながら実技しちゃいました。
モデルになってくださった皆さん、ありがとうございます。
少しでもお役に立てれば嬉しいです。

技術部との交流

さて、そのあと。
お昼を一緒に来た後輩と食べ、オフィスに戻りました。
実技会があるというので、ほかの方の実技をみたいーって思ったわけです。

と、時間があまる。
ふとみると、セイリンさんの技術部とのお話が出来て鍼の試し打ちが出来るルームが。

ふふふ、と入り、あーだこーだと話しが弾み、パイオネックスの講演をするにあたり、自分でまとめた事例集をみせびらかしたくて、
『ねーねー見てみてこのスライド、おもしろいでしょ〜』とやっているうちに、腰が〜とか、気圧が〜とかと言いだされたので、思いっきり楽しくその場にいるスタッフさん達を捕まえて、目の前にある道具を使って実技始めちゃったりしました。

目の前に鍼灸に興味のある人間がいる。
材料がある、肉体がある。
やっちゃうよねえ〜。

セイリンさんのお灸の機械を使う私をみて、開発部の方が、『あー面で使うのですね』と。
確かに、そういう感じでつかってました。

まあ、大杼(BL11)だったので、お灸があれば紫雲膏を使うお灸か、棒灸あたりでいきたいところでしたが、いま目の前にある道具でどうにかするのも、臨床屋さんの楽しいところ。
あのセイリンの温灸器につけかえようの突起があったらいいかもなあーなんて夢想。

周りの方を巻き込んで、思いっきり遊んでいたら実技会はすでにはじまっていて、もう終盤戦でした。ちょこっとみせていただきました(^^)

神田駿河台を散策

まだイベントは続いていたようなのですが、お茶の水散歩をしたくてここまでで退場。
すっかり変わった神田駿河台をのんびり散歩しました。

学校を出て何年たったんだろう。
明治大学短期大学を出て就職、結婚して小田原に。
子供が出来て時間があったときに、近所にあった鍼灸学校にはいったのがこの世界にはいったきっかけです。

ながいような、短いような。
御茶ノ水をのんびり散歩しながら、新しくなった街を楽しみました。

最後にみつけた銀座アスターで夕飯。

昔、アルバイトしてたのよ〜(千葉だけど)、目が飛び出そうになる値段でしたが、
まあたまにはの贅沢。

おまけ:セイリンさんのかわいいグッズ

ところで、先日ふとセイリンさんのサイトをみていたら、何やら面白い輪っかが売っていて、とりあえず購入。
そうしたらなにやらのグッズをいただきました。
すごくかわいいヒノキの香りがするツボ推しグッズです。セイリンさんのキャラ付だよん。