月別アーカイブ: 2020年11月

晴れ時々占い ④ 親指の示す力 

晴れ時々占い ④ 親指の示す力 

いいねボタンのあの親指
とーっても気になります

親指ってのは特別な指
短く、太く、力強い指です。

まっすぐ伸びた曲がらない親指
それは現実的な強い意志を表します。
お金にシビアです。
いかにも、ですね。

そしてぐっと後ろにそる親指
これは衝動性を表します。
また浪費家でもある。

言葉が浪費家といわれると、否定的な感じがしますが
閃いたときにさくっと使えるということも
お金には大事なこともあります。

これはキロの手相の書という本の中にあル言葉です。

親指が反る人に対して、浪費家ということをお金や時間に関して後先考えないということと、
人間関係を気づくことや新しい環境に対して順応性が高くどのような社会に放り込まれても
すぐになじんでいける。とあります。

コミュニケーション能力の高さということですね。逆をいえば、お金をぱっと津川萎えない人は
コミュニケーション能力という柔軟性が必要な部分には弱いと。
関節の硬い親指の人には現実的で強い意志と決断力という言葉と、
用心深く秘密主義でひとつのものへの拘りも強く不屈の精神で目的を達成しますとあります。
なんかちょっと暗い感じかな(^_^;)。

指が反ると言うことと、コミュニケーション能力をあわせ考えると、絡みつく能力が反る人には
あり、まっすぐな人は人に絡みつかず意思を貫き通すって感じですね。

お金は使うべきところで使わなければただの紙切れ。
それをどのように使うか、そして使わないか。

いまを生きる強さをあらわす親指は、
あなたの根底に流れる意思と理性をあらわしていますねえ。

人間をみるためのシンプルなツール

太極から、両儀、四象、八卦の図。

この八卦がいろいろな解釈を生み、鍼灸でも多くの方が語っていらっしゃります。

この図がスタンダードな太極から八卦です。

そして、小田原で有名な間中善雄先生が易と鍼灸という小雑誌の中では、この四象の解釈が違う図が展開されていました。
私の管理しているFBのグループで質問させていただいたところ、結局は間中先生がもとの参考となさった本から考えを広められており、意図的にその(間違った)解釈を使っているのではという結論を得ました。

うーーーーーーーんとうなってしまいますね。
そのあと、色々なところで易の論をみましたが、この八卦を独自に当てはめているものも見受けられました。
こうなってくると、易の八卦について、書かれた成書をそのまま鵜呑みにすることはできず原点に戻れということになります。しかしながら、易を読み込むということはそれだけで大きなテーマですし易そのものに興味がなければ意味がないですね。
ということで、私は東洋医学の基本としての八卦を押さえるという程度にしておきたいと思います。振り回されてもしょうがないのでねえ。
東洋医学は、人を見るツールを色々用意されています。そのツールがあまりにも複雑であれば、ツールの解釈に精魂が傾けられることになります。
私は目の前の人間を見るためにツールを使いたいので、シンプルなツールがよいなあと思います。
八卦そのものはシンプルなツールです。

易の繋辞伝に、
「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず(易有太極、是生兩儀、兩儀生四象、四象生八卦)」とあります。ゆっくりとかみしめたいですね。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

田子の浦ゆ うちいでてみればましろにぞ

短歌 百人一首 今日のひとこと

富士山が綺麗ですねえ。
こんなとき、一番に思い出すのが

万葉集に収められている山部赤人のうたです。

”田子の浦ゆ うちいでてみればましろにぞ
富士の高嶺にゆきはふりける”

同じ歌が新古今集にも入っています。

”田子の浦にうち出(い)でてみれば白妙(しろたへ)の 富士の高嶺(たかね)に雪は降りつつ”

細かい品詞が少し違っています。
私的には田子の浦ゆ〜だなあ。最後の雪はふりけるは、ふりつつのほうが
しっくりくるかも

そして百人一首にもこの句は入っているのですが、これまたちょっと違う

”田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ”

ううむです。
やっぱり万葉集の方がなんとなくすっきり。
田子の浦ゆ!です。

この万葉集は長歌に対する返歌として読まれている句です。

天地の(あめつちの) わかれし時ゆ 神(かむ)さびて
高き貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 ふりさけみれば
わたる日の 影もかくらい 照る月の
光も見えず白雲も ゆきはばかり 時じくそ 愉気は降りける
語り継ぎ 言い継ぎいかむ 富士の高嶺は

おっと、主語が最後ですか!
グーグル先生だったら英語にどうやって翻訳するんだろう(だって英語ならばまず主語)

この長歌に対しての返歌として、最初に挙げた

”田子の浦ゆ うちいでてみればましろにぞ
       富士の高嶺にゆきはふりける”

の歌があるのです。

富士山、雪の白さがくわわり本当に美しく神々しいです。
田子の浦からみた富士山を赤人はめでていますが、
私はこの小田原側から箱根連山の右に見える富士山が大好きです。

富士山は日本人の心を鷲づかみですねえ。

#富士山 #万葉集 #山部赤人 #田子の浦 #返歌 #短歌 #百人一首 #小田原 #お庭大好き #ビッグママ治療室

にんじんはビタミンAがたっぷり、グラッセにして食べよう

ビタミンACE(エース)は、血流をよくし、免疫力up!に効果的。

さてさて、そんなビタミンエースの中のビタミンAがいっぱいとれるにんじんをご紹介。
そもそも人参は色つき野菜です。
栄養がありそうですよねえ(^^)

このオレンジ色のにんじんにはβカロテンがたくさん含まれています。そして体内にビタミンAとなり、粘膜や皮膚を強くしたり、視力の維持、ガンの要望、免疫の強化、アンチエイジングなどなど、いいことづくめ!

ここで出てきたビタミンAこれは脂溶性ビタミンです。
つまり油に溶けるビタミン。
だから人参の生スティックにしてたべるよりも、
グラッセやしりしりなどにしたほうが
より栄養が取りこみやすいのです。

ということで、作ってみたのが人参のグラッセ。

作り方は人参2本 調味料(固形スープ半分、砂糖大さじ1,塩少し、ローリエ、水2カップぐらい)

1)皮をむいても剥かなくてもOK、面取りをしてもしなくてもOKだと思います。
ざくざくっと切ってかぶるぐらいの水と共にいれて、煮立ったらざるに。
ココまでのプロセスはレンチンでもいいですね。

2)なべにオリーブオイル(あるいはバター)を入れて人参を入れて、調味料をいれて
一煮立ち、中火にして15分で出来上がり。

沢山作って作りおき。
バターは固まるから、作りおきの時にはオリーブオイルがよいかもねえ。

自己分析が必要??? ドットをつないで人生を前に進めよう!

自己分析が必要?? ドットをつないで人生を前に進めよう!

受験や進学、就職ということがちらつく時期になってきましたね。
今年は、コロナの影響があり、よりいっそうの緊張を強いられる感がありますね。
はあ、なんにせよ、”普通”の日がなつかしい。

ところで、
子供から大人になるとき。
誰しもが、はじめは仕事をしたことがありません。
だから何の仕事がしたいのか決められないと。

幼稚園で、「ケーキ屋さんになりたい」とか「お花屋さんになりたい」という声が聞こえるのは、
自分の身近で、とてもあこがれる気持ちをそのままに表現したのかなと思います。

就職活動を支援する方の中には、そこで自己分析や、自分探し、自分見つけが必要と
お話しをなさります。

んーーー
まあね、自分がわかれば、自分がどんな仕事にむいているのかわかりますね。
そりゃソーダとは思います。

ただ、自分が本当にやりたい仕事ってのは、自分が頭の中で考えている
夢想時代に決められるのでしょうかねえ。

私自身は、小学校の時にステキな先生がいらして、「先生になりたい!」と思っていました。
でもこの夢は、私自身の「自分の疑問はさておき人の疑問に寄り添う心。
わからないという人に、何度でも寄り添う気持ち」が
とても必要な職種である教員には私はむいていないとわかります。
私は人の疑問につきあうよりも、自分自身の探究心が勝ちます。

だから、自分自身を知るというテーマはその職業が求められる資質とかさなるかという
点では大事なことでしょう。

でも、人に寄り添える資質がある人が、教師がやりたい仕事かっていうと、そこには少し
懸隔があると思います。その人がやりたいこと、興味深いとワクワク出来ることと、
目の前の仕事が短絡的に結びつけるのは、一つのことだけをむすびつけてしまい、仕事にまつわる
その人の向いていない点がでてきたら、「こんなはずじゃない」となってしまいます。
雇用されて仕事をすることを選ぶのならば、その雇用する側のニーズに応えるという
覚悟が必要ですよね。仕事とやりたいことを直結するのはちょっと危険かもと。

さてさて、では、私は人生のやりたいことに関しては
スティーブンジョブスのドット理論を押します。

いつかドットが繋がるかもしれない
それは運だ。

そして、運はただ転がっているのではない
運をよくするための努力が必要。
その努力の方向性を見定めるのに自己分析が必要というのならば納得

ただ、努力し続けられる資質方向性がどこにあるのかということを
みつけるのが自己分析なのかななんて思います。

オモシロい!と感じた事へ継続性のある努力。
それがどっとをツナグコツかもしれません

これが、仕事として、マネタライズできれば幸せなことだと思います。
でも、ご自身を支える経済的に支えるということと、この自分がわくわくしてやりたいことは別であっても
よいんじゃないかなと思います。そしてえここを切り離して、ワクワクすることを追求し続けることで
いつかドットがつながり、仕事になるのかもしれません。

私自身は、この世界に入るときに、
「人間が知りたい」と思っていました。
そこで、近くで身体のことを学べるところならば何でもいいいやーと思い立ち、
見渡せば自転車でいけるところに神奈川衛生学園という鍼灸あん摩マッサージという3つの資格が取れる学校がありました。
資格や鍼灸に興味があったのではありません。
とくに、鍼灸など受けたこともなかったし、だいたい身体に針刺すなんてありえん(^_^;)ト思っていました。
でも、私の「人間が知りたい」というテーマには充分答えてくれる場でした。

もう一つ、知りたかった

「どうして整体師さんとか、治療の世界にいるセンセは「なおる、なおる、10回通えば、この歪みが取れれば治る」

などと簡単にいうんだろう? 
そんなに簡単になおるんだったら、
世の中に整形外科なんかなくなるし、
病院だっていらない。
痛みで苦しむ人もないはず。
なんでこんな台詞が簡単に出てくるんだろう?」

この疑問にも、学校を卒業し、大学病院での3年の研修研究生として過ごす時間でだんだんわかってきました。

鍼灸学校に行くことが、資格をとって鍼灸の仕事をしたいという目標ではまったくなかったので
学校卒業後も、大学病院で3年、鍼灸専業の治療院や有名先生をあつめた治療院で1年という時間を
修行小僧モードで過ごすことができました。この経験は今の私の臨床にとって本当に大きな事です。
でも、よーく考えると、学校3年、大学病院3年、治療院修行1年の合計7年! 
まあ、ドットは全て繋がったのでよしとしましょう(^^)