食事制限という言葉−1)
食事制限という言葉と、認知行動療法に取り組む中で改めて出会い、少しまとめて考えてみました。
考えているウチに、いつもの通り、かなり長くなってしまったので(^^ゞ少しシリーズ化して、自分の思いを書いていこうと思います。
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ときに、食事に対する質問をよくいただきます。
そして「こんな食事制限をしています」とか、「こんなものは食べない方がいい」などの話しもよく伺います。
「制限」という言葉から考える食事への疑問
この質問の背景には、さまざまな健康情報や食事療法が世の中にあふれていることがあります。
たとえば:
- 🌿「小麦は食べてはいけない」
- 🍩「砂糖はやめよう」
- 🍖「効率的に動物性の加工肉は避けるべき」
といった情報や指導から実行なさったり、取り入れようという方も多いと思います。
しかし,それらの制限が本当にご自身の健康に良いのかどうかの個人の体質や生活習慣による部分も大きく、一概に良し悪しを決めることはとても難しいと感じます。
肉や卵をやめていますという方に、
「じゃあどうやってタンパク質は摂取しているの?」と伺うと、
「豆腐食べてます!」とおっしゃる方とか案外多いですね。
豆腐、油揚げ····
それだけにタンパク質摂取を頼ってしまう食事って、かえって歪んでないのかなあと
思ったりはします。
が、ご本人の選択ですので、基本的にOKだという認識です。
なぜならば、その食事がご本人の健康に貢献している可能性も否定はできないからです。それぐらい食事の選択って難しいと感じます。
食事に対する、考え方は尊重します。
私は、小麦はダメとか、砂糖はやめた方が良い、加工肉はやめよう、肉や卵、牛乳は食べませんというお考えそのものは、その方が選んでいるのであれば、基本的に尊重します。
その制限そのものの良否については、コメントする立場にはないです。
その制限が正しいのか、間違っているのか。この観点でのコメントは
私にはできないと認識しています。
なぜならば、「制限」も良否、とくに個人における良否は、かなり難しい問題で、
私には判断しかねる課題だからです。
逆を言えば、食べても健康な人もいらっしゃいますし、
強くアレルギーがでるかたもいらっしゃります。
食事に関する制限そのものは、一般論としては私はコメントできる立場にはないということです。
個別のご相談であれば、私はこういう考えですといった立場からコメントさせていただきますが、基本的に食事に何を選ぶのが正しいのか、何を制限するのが正しいのかということについては、私にはコメントし得ないなと思っています。
「制限」という言葉は、実行しやすい。
食事は、「制限」という言葉で表現すると、実行しやすいだろうなという認識はあります。
つまり、
「砂糖は食べない」という制限は、提示しやすいですね、
また、実行者もチェックしやすいです。
制限という言葉は実行しやすい、だって二択だもん
なぜならば制限という言葉には、制限を守るか破るかの二択で、制限を指示して実行しようという状況ならば、砂糖を食べてしまったら「制限を守れなかった」「制限を破ってしまった」という思考になってしまいます。かなり考える範囲が小さいです。
砂糖だけならばいいのですが、「制限」を考える人は、次々制限の品目を増やしがちです。その制限を守ること、ストイックな状況に達成感、安心感がでるのかなと思ったりします。
ただ、この制限の結果、
·食事の選択肢が少なくなり、
·道が狭くなり、
·行動の範囲が狭くなり、
·社会で生きていく関係性が難しくなる
そんな場合もご相談をお受けしていると散見します。
続きは②へ〜待っててね(^^)
