認知行動療法」カテゴリーアーカイブ

認知行動療法と、東洋医学で考える心と身体

認知行動療法のワークに取り組んでいます(^^)

 

自動思考とか、スキーム(深いその人の思索の有り様)を考えていると、それは
パソコンのOSのようなものだねという話しがでて、深く納得しました。

色々なアプリを使うわけですけど、私達は前提として、Windowsとか、マックのOSを使います。
そのバージョンもさまざまですが、通奏低音のように流れるOSをベースにしながらさまざまなアプリを使うのは、ホントに面白い考え方です。

認知行動療法では、そのアプリのありようを考えることはできますが、OSそのものへの
アプローチはなかなか出来ません。
ただ、時にはOSまで変えて行く人生の変容が求められるときもありますね。

東洋医学の世界で考える、心の課題

東洋医学のOSでは、まずまるごと一つの身体と考え、1つの身体を5つの観点、五臓からみることがあります。

この五臓に色々と組み合わせを使って考えるパズルの世界が展開されます
(実は私はこのパズル化が嫌いだったりしますが(^0^;)(^0^;))

このパズル。五臓(肝心脾肺腎)に五志(怒・喜・思・憂・恐)をあてはめていきます。

(注、憂に悲しみもセット、恐に驚もセットで、七情とすることもあります)

肝→怒、 心→喜、 脾(消化器系)→思(思い悩む)、 肺→悲、 腎→恐のようにあてはめます。

これ、いろいろなベクトル(方向と量)で考えられ、ここからの深掘りがまた楽しからずやなんですが、臓腑の基本概念がないとパズルになっちゃうので横においておきますね。

CBTのケアのスタートが、抑うつ状態や、気持ちのモチベーション低下症状だと考えると。

 

もともとCBTが抑鬱に対してのケアだとすると、脾(消化器系)の思い悩むの解決につながり、胃腸への負担が減ること。胃腸がしっかりすると、食べ物からの滋養を受け取ることができ、生命力を育むことができる(後天の本の育成)、身体がしっかりし、脾がしっかりすると、思い悩むが解消されていく、という好循環になります。

 

これに対して、肝などは、もともとベクトルが強く、物事をぶっ壊すところまで行く臓と考えられていて、これをコントロールするのも大事だわね、でも脾(思)とは、違うアプローチだわねなんても思ったりするわけです。

思が中心の脾気タイプには、このcbtはぴったりくるかなっていう感じがしますね。
怒が中心の肝気、ぶっ壊しタイプは、もうちょっと別なアプローチもありですね。

ぐじぐじと勉強タイムしていると、ギルバルスが俺とあそべーといってきますんで、今日はこのあたりで。じゃねー(^^)

 

クソリプ?? YouTubeを見ながら学ぶ、認知行動療法

認知行動療法というのが、あります。

これは心理療法のワークでもありますが、

私は人生の風景が楽しく変わるものの味方だと思います。いま、一ヶ月間の
実践ワークにはいっていて、とにかく認知行動療法、自動思考のキャッチトレーニング中です。

そうすると、みえてくる世界がかわってきます。
毎日楽しくみている、安芸高田市のYouTubeもなんだか見え方がかわってきます。

YouTubeから学んだこと クソリプってどうしておこる??

なかなか強烈なサムネ。
私は安芸高田市のファンデもありますが、サトマイさんの大ファンでもあります。

 

クソリプってどうしておこる?

ネットの世界ならば、クソリプですが、安芸高田市の議会をみていていると、もうー大前提で敵意があり、その敵意をあらわすために、質問を使って市長をこまらせてやろう〜としていますが、市長のキレキレ答弁で、バッサリやられてしまってます。

市長はときに、『国語を学んでこい!』といいますが、これは国語、すなわち読解力と言うよりは、もう『認知の歪み』なのかああと思います。つまり、

 

月を見ていても、事実に対する感情で見え方が違うのかも?

このおじさんAは強烈な思い込み(色眼鏡)をかけて、月をながめています。

認知行動療法

 

すなわち”月は丸いもの”

この思い込みで月をみると、みーんな丸いものに見えちゃいます。
だって、宇宙からみればいつでも丸いでしょとか。

今日は欠けてみえるけど、もともと丸いはずだからちょっと今日は調子がわるいだけとか。

まあ、本来月は丸くて、確かに立場によるみえかたをそれぞれの立場とすれば、宇宙でみるの立場でのコメントもありはありです。でも、いやいや〜、私はいまは地球から見る月の話しをしているよと。

私達には、今日は三ヶ月という認識は、地球の大地に足をふみたてて、眺めて見た月ですねえ。

ものをみるときには、見ている人の立場の設定が大事。

ひとりだけ、宇宙に浮かぶ月を、地球に立つ視点ではなく、宇宙からみる視点でいると、

地球からみえる月の満ち欠けはみえないのかもしれません。

この事実についての認識が人によって、かけはなれていると、議論がなりたたないですね。

確かに、月の話しをしているということでは同じかも知れませんが、地球の地面に立っている人と、宇宙から眺めている人と、月の話しがかみあいません。

事実の認識をしっかりもつ。

そのうえで、自分が事実をどうとらえ、その事実に対してどういった感情をもっているのか。

このあたりをしっかりと認識すると、新しい世界がみえてくるかもって思いました。