間中病院」タグアーカイブ

鍼灸の修行はなかなか大変です(^_^;)。

先日、静岡県鍼灸師会中部支部講習会に参加しました。

本当にこういった講習会に、自宅で、無料で(だって私は日本鍼灸師会の会員だもん)参加出来るってありがたいです。

独立開業している穴掘りウサギは視野が狭くなりがちですが、世間の状況、社会の状況をこういった師会が教えてくれて、ぐいっと社会が広がります。

大学病院での鍼灸事情

 

さて、先日のお話は、東海大学病院の東洋医学科で鍼灸をなさっている高士先生のお話でした。

非常に興味深く、大学病院でドクターと連携されながら東洋医学を実践なさる高士先生の日々感動!そして自分も頑張らねばと励まされました。

また、漢方は私もお勧めすることが多いです。こういった病院での処方は血液検査などの色々な要因や、より効果的であれば西洋薬も一緒に処方してくださったりと非常に有難いところですよね。
また費用も保険適応があれば安いですね(いや本当は安くないですけど本人負担という点で)

 

東海大学大磯病院での3年間の鍼灸修行

私は25年ほど前に、この東海大学病院で、鍼灸の研修生として3年間お世話になりました。
所属したのは東海大学大磯病院で、もう今月から徳洲会病院(湘南大磯病院)に変わった病院です。

この3年間の大学病院修行は私の鍼灸師としての修行として本当にありがたかったです。

私がついたドクターは

『あなたは免許をもっているのだから、
自由にやりなさい、責任は自分がとるから。』

と仰って下さり、やりたいように、自由にやらせてもらいました。

この東海大の研修生は、私が鍼灸学校を卒業した年には募集がなかったらしく、知りませんでした。そして卒後1年たったところで学校から連絡がきて、入ることになりました。学校からなぜ声がかかったかというと、鍼灸学校での成績がよかったのよ〜ん(^_^;)。

私にとってよかったのは、免許取って1年の市井での鍼灸治療をかなり見聞きしてから(面白い形の弟子入りをしていたので)の研修生でした。間中病院、日産玉川病院、筑波など、当時は東洋医学を総合的にガンガンやられるドクターがいらっしゃり、多くの鍼灸師が所属していました。

私は学校卒業後、自分ですでに弁証論治を症例で作り上げる作業をしていました。この症例書き上げはいまも続いています。そして私のベースです。また、この時期の指示させていただいた先生方は皆さん鍼灸のみのシンプルな治療だけで、鍼灸治療をガッツリと見聞きした後に、大学病院での修行をするというラッキーな状態でした。

大学病院で自分が担当した患者さんのカルテをみると、同じ弟子入りした鍼灸院で修行していたらしい方から引き継いだ方も多く、『あ、あのメソッドだ』と気がつく配穴が多かったです。

そして、私はそれをそのまま踏襲せず、今一度弁証論治から立ち返り、その治療をもとに改めて実践してみると言うことをしていました。また他科から回された主訴は右手の麻痺だったりしたのを、その麻痺の身体全体からの位置づけを考え直し、主軸としての治療はなにをもってくればいいのかということを考え、結果的に麻痺よりも、便通と血圧の改善を目標にガッツリ治療したら、結果的に患者さんから非常に喜ばれ手応えを感じたなどと、自分のやり方に自信を深めることができた3年間でした。

 

☆自由にやりたいようにさせてくれたドクターに感謝

これはもう、やりたいようにやらせてくれたドクターに感謝しかありません。

そして、今回の講習会で、このやりたい放題は、ずっと続いたものではなく、あのときのほんの数年だけだったということを知り驚きました。もう、あんな風に修行できることはないのですね。
なんというご縁だったのかと改めて思いました。

いまでは、そういった研修生が鍼灸の臨床を経験する場ではないということで、その点はちょっと寂しかったです。漢方と鍼灸をドクターや研修医の人々に知ってもらい、広めるということが主眼のようですね。これは日本の中の東洋医学のありようとしては二重丸なんだと思います。

鍼灸師にとって、とにかくガンガン針を打つ、臨床を重ねるというのは、なにものにも代えがたい勉強の場。それも他科のカルテをみながらできるというのは本当にありがたく、きっと今もそんな場が続いているのかななんて勝手に思ってました。うううーん残念。

 

小田原には間中病院という病院があります。

30年以上前になりますが、有名な、間中善雄先生というドクターが東洋医学科をなさり、多くの鍼灸師がそこで学んだと伺っております。そして私の弟子入りした先生は最後の時期の弟子だったとのことです。

病院という場で、鍼灸が自由に実践できることは、なかなかチャンスに恵まれないとないのかねえ。それとも私が知らないだけで、今はもっと他にもあるのかな?。

鍼灸が、そして東洋医学が、日本人にとっての健康法のひとつであるといいなあなんて思うのだな。

日産玉川病院東洋医学センター

珍しいお灸、打膿灸の話と間中先生

珍しいお灸、打膿灸の話と間中善雄先生

間中病院、小田原の人にとっては、少し前は頭痛で有名な病院。また看護師さんやスタッフの方が親切っていう声もよくききました。先日はリハビリ受け入れ施設としてお母さまを入院させてもラッテなどと言おうお話しも。

これが鍼灸、東洋学関連に足を突っ込んでいる少し古い方々だと、『あの!間中先生』ということになります。

さて、45年ぐらい前でしょうかねえ。間中善雄先生という鍼灸でとても有名な先生がいらっしゃりました。鍼灸の本などを読んでいると、時にこの間中先生のお話や、見学させて貰ったなどという話も出てきます。私自身はもう少し新しい人間なので、間中先生が病院で鍼灸なさっていたことは直接は存じ上げないです。

さて、先日、ちょっとググっていたら、私の先生である似田敦先生が打膿灸のことを書いていらっしゃりました。打膿灸ってのは、お灸をしてそのあとわざわざと膿をださせるように火傷の処置をする方法です。まあ、いまではほとんど見ることはありません。似田先生ご自身がお灸を、それも打膿灸のことを書いていらっしゃるのも珍しいと思ったのですが、その上に、間中善雄先生のことを書いていらっしゃりビックリ。どれも私にとってはなつかしくもあり、面白きものでもあり。やはりこの間中病院や間中善雄先生は古い先生にとってはかなり有名人だったのでしょうええ。小田原には間中病院で学んだ先生が多く残っていらっしゃった感じですね。治療の最初に血圧を測ると伺うと、『もしかして(^^)』と思ったりします。

この間中先生はよく瀉血や刺絡をなさっていたようですが、打膿灸もこんな感じでなさっていたのですね。知らなかったなあ。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/6d533c67b5ff5e672e30b8f585d3e825

故きを温ねて新しきを知るです。