枇杷の実が色を濃くしはじめています。
緑っぽかったのが、黄色く美味しそう。

あと、2,3日で食べ頃。
そしてこの時があぶない。
カラスが狙っているんです。
孫二号に『食べたい?』と聞くと、うん、と。
さっそく、カバーをかけました。

一緒に食べようね。
球根も、葉っぱが終わってきた感じになってきたので、彫り上げました。
で、でかあああい!ぐっと育っていました。
葉っぱを落として、乾かして少しの間、休憩して貰おうと思います。
もう直ぐ、ブルーベリーも盛りになります。庭が楽しい、美味しい、季節です。
小田原にある不妊・婦人科専門鍼灸院
枇杷の実が色を濃くしはじめています。
緑っぽかったのが、黄色く美味しそう。

あと、2,3日で食べ頃。
そしてこの時があぶない。
カラスが狙っているんです。
孫二号に『食べたい?』と聞くと、うん、と。
さっそく、カバーをかけました。

一緒に食べようね。
球根も、葉っぱが終わってきた感じになってきたので、彫り上げました。
で、でかあああい!ぐっと育っていました。
葉っぱを落として、乾かして少しの間、休憩して貰おうと思います。
もう直ぐ、ブルーベリーも盛りになります。庭が楽しい、美味しい、季節です。
さて、スマイルパセージの復習は続きます。
スマイルより
1)その行動が不適切であるのを知らない
2)知っているが、適切な行動をしらない
3)不適切とも知っているが、適切な行動でのぞむ結果が得られない
4)不適切な行動からのぞむ結果を得ている
5)の不適切な行動によって、「親の注目を得る」という正の注目を獲得していることで、のぞむ結果を得ている。
パセージでは行動の目的として5つの段階を話しています。
親子関係を良好にたもっておかないと、この段階を進んでしまう可能性が高いとしています。
1.適切な行動で注目関心を引く
2.不適切な行動で注目関心を引く
3.権力争い
4.復習
5.無能力を誇示する
1)不適切な行動の文脈を観察
2)不適切な行動に注目しない
3)適切な行動をしたときに、正の注目
4)より適切な行動を一緒に考える
4)の適切な行動を一緒に考えるということは、子どもとの関係がよいと話し合えます。ここで良好な親子関係が求められますし、まず「聞く」からはじまる、横の関係が大切ですね。
さて、スマイルパセージの復習
人間関係の注目(関係性の始まり)について考えましょう
悪循環を断ち切るために、まず親が変わろう。
子どもの不適切な行動をかえてもらうには、口をすっぱくしていうのが正解なのでしょうか?
いえいえ、それでは帰って親子関係が悪くなり、悪循環に陥り、行動の目標が達成できません。
まず、最初にすることは「正の注目も、負の注目も与えないで、子どもの行動を与えないで観察する」ことです。
子どもの行動に対して親が、喜びや親しさのようなプラスの感情をもって関心を示すこと
しっかり観察して、状態を見極めてまず親がかわりましょうねえ。
無視はつらいですね、仲間だと思えなくなります。また注目をえようと、不適切な行動にはしるかもしれません。
また、親の注目に対して、ある状態から高ぶってしまうと権力争いになってしまいます。
権力闘争が続いている限り、親が子どもを援助することはできません。
権力闘争から降りる、まず親がしなければならないことです。
正負の注目、そして無視、権力闘争と考えると、これは人間関係を端的にだらわしますね。
仕事のタスクは家庭のタスクよりは、達成しやすいタスクです。
なぜならば、仕事という場に置いてだけ達成すればよいからです。
仕事場で、スムーズに人間関係を結ぶということは仕事場という一つの共同体の一員(仲間)であり、仕事の能力をもっているということが大切ですね。
この能力に関して、人それぞれの状況があるのが仕事場でしょう。
私は、仕事場においてこの極端な事例を体験しました。
それは能力のある人が能力のない人には負の注目の指導をし続け、
雇用主とは自分の仕事に必要最低限の返事以外はいっさいせず、無視し続けたのです。
この結果、この方は、ご自身には高い能力はあったのだとは思いますが
共同体の一員とはんだらず、非常に居心地が悪い状況であったと思いました。
正の注目、負の注目。仕事場においては、
・お客さんには一定のサービスを提供すれば、相手からは喜ばれる。
という状況があります。
自分に能力があれば、相手を指導する立場になければ、行動変容をおこさせるための
注目は必要がないので、割合とコミュニケーションがとりやすいでしょう。
しかしながら、育てなければならないスタッフがいて、自分には能力がある、相手には能力がないというときに、共同体の意識がなければ、強い負の注目や、無視などをしがちなのかと思います。
仕事場の人間関係は権力闘争をするつもりがなくても、そもそもの雇用関係、
入社年次、仕事への経歴など「能力」には差があります。このときに一つの共同体としての認識、関わり方は、ベーシックな人間関係の作り方につながるのかなと思います。
人の目標とする価値
行動:自立する、社会と調和して生きる
心理:私には能力がある、人々は仲間だ
行動面で自立し、大きな意味で社会と調和していきていければ、人生の中ではOKですし、その小さな共同体(仕事場)において、不都合がおきても乗り越えていけます。
ただ、その小さな共同体(仕事場)において、行動面、心理面の価値をしっかりもち、実践することは、共同体に属する人達との人間関係はよくし、人生の味わいが向上しますね。
まあ、このあたり、共同体の考え方や人生の考え方もかかわってくるのかなって思います。
CBTに取り組んでいます。
これは認知行動療法をなにやら面白くアレンジした方法ですが、
私にとっては、その『型』を理解し、実践し、『型』を身につけるよい場所だなあって思っています。
CBTトレーニングやってます
CBTでコメントを書いていると、自分の考え方の癖や特徴をしることができます。
これが、まあCBTの分けると広げるのトレーニングにつながり、
深まるコツにもなるわけです。
つまり、自分の考え方の成り立ちを知り、考えを深め、次の一手も編み出し、
生産性upっていうわけです。
ある程度調べたら、実践してみてから悩んでみよう
私は東洋医学の世界に身を置いています。
この世界にいると、勉強のための勉強のループにはまる方をいっぱいみてきました。
本当は、臨床をするための勉強なんだけど、
勉強だけがドンドン深掘りされて、理論が深くなる・・・
なんというか、理論だけで、他の方法を批判したり、理論だけでドヤ顔。
まあ、それはそれでいいと思うのですが(^_^;)、
私はやっぱり臨床のための勉強。
理論は実践のためにあり、実践と理論がフィードバックし合うこと。
ここに理論の真の立ち位置があると思っています。
実践を積み重ねる中で、理論はシンプルに道具として自分が使いこなせる範囲でいいのではなんて思ったりしています。
行動する勇気、一歩踏み出すことが出来ないとき、
その勇気の不足を、勉強が足りないからなんていわずに、
やってみての理論と実践のフィードバックによって、理論も
実践も深まるんじゃないかななんて思うのです(^^)
朝から演説しちゃいました(^_^;)
でもね、行動が大事。
その一歩を踏み出す勇気ってとても大事って思います(^^)
それでは<(_ _)>
人生、いろんなことがあります。
決断して、手放さなければならないこともありますね。
私はしっかりとやるべき時にはやるのがとても大切だと思っています。
でも、やめるという決断も大事。
とっても大変だけど大事です。
手放した後に、新しいモノが手に入る、道が開ける。
人生は長いようで短いです。
どこかで、決断しなければなりません。
でも、その決断で手放し、その次が見えてくることもありますね。
情報との付き合い方
情報との付き合い方は難しいです。
私は、その瞬間の印象を大事にしようと思っています。
YouTube界隈にはヘンテコ情報も多いです。
もしかしたら非常に有難い情報かもしれませんが、
触れた瞬間に『これは自分にはNO 』という感覚は大事にするほうが、
人生を生きていくときには吉のスタンスかなと思っています。
なんというか、下手な意識的な思いが入り込まない直感って、案外アタリだったりするという感じです。
『素直』っていうのが大事って思うのもこのあたり。
いちいち考えめぐらせるよりも、不妊カウンセリングをしていると、
『あ、そのアドバイスOK』と受け入れ、
するするって人生が前に進む感じがする方を多く見ています。
そんな方々に触れていると、素直さって人生を進む最強のアイテムなんだなあって実感したりします。
確かに情報を鵜呑みにするのは、いけないし、危険です。
でも、その情報の確認の時間を費やし、迷ってばかりいると、結果的に目的に到達しなかったりします。
妊活だと特に『時間』と『運』が大切です。
時間と運を大事に前に進んでほしいです。
たとえば、東洋医学の世界だと脉診なんてのがあります。
妊娠の脈はあーだこーだ、虚弱の人が深い病の時はあーだこーだ。
でも、こういう知識を入れ込む前の、パッと見た瞬間の『あっ』と思う感覚が大事。
そしてその専門家ならば、『あっ』を掘り下げる意味がありますよね。
私はほかの情報と付き合わせて、自分の思った『あっ』はなんだったか、
鍼灸のアプローチというデザインを考えるヒントにしていきます。
この、『あっ』と思うときに、ほかの情報がすでに入っていると、そう思いたい自分がいて、感覚濁ります。たとえば、脈を診るよりも先に、基礎体温表をみちゃって『妊娠してるのね』と思うと、とたんに脈も『妊娠の脈』に見えちゃいます。
言語化って、確かに大事であり、理解を深めるには役立つアイテムですが、
意識の入りすぎで、その色に染まる(逆に言えば、認知を持っていきたい方に持っていくことが出来る)のかなあと。
ホリエモンが、大学の宗教学専攻で、
教授が『しっかり学ぶにはどっぷり入り込まなくちゃダメだ』といい、
いろんな宗教の信者になってどっぷりつかったら、
そのまま帰ってこなかった学生も多かったと以前に語っていました。
まあ、そのまま帰らないのもその人の人生ですが(^^ゞ、それってその人の宗教学という学問を学ぶときの目的だったんでしょうかねえ。どっぷり入り込むのって大変なんだなあって思いました。
人生は長いようで短い
時間を大切にしたいですねえ。