子供」タグアーカイブ

心配は親の課題、だね(^^)

子供の治療 

さて、私は子供の治療は、独特な世界があるのでメインとはしていません。
ですので、こーーーっそりとして公表はしていないのですが、案外持ち込まれるご相談。
来てくださるということは神様が修行をせよということなのね、ありがたいことです(^^ゞ。

ところで、子供の治療でよくあるのは、子供は困っていないけど、お母さんが心配だからというもの。

まあ、確かに子供をしっかりと見守るのは親の役目。そのなかで気になることがあればフォローしてあげるのも
親の役目ではあります。でも、その状態でお子さんが本当に困っているのかは見極める必要あり!!

子供が困っていないけど、親としては不安心配。
そうなると、心配は親の課題だぞ!!ってことになります。

ご自身の課題を子供におっかぶせてはいけませんってのが私の思う原則。
だから、はじめに親御さんから受療目的は伺いますが、お困りごとは直接お子さんから候います。

さて、
先日は、ちゃんとしっかりしている小学校4年生。
お母さんのオーダーは「緊張して肩がこって喉が詰まっている感じ」

お子さんに候いました「治療受けたい?」「うん!!」。

それではどーぞどーぞで施術開始。
「何か困ってることある?」そうすると、ご機嫌良くきっぱりと「ないです!」。

おかあさんからみると、喉が詰まって肩がこって、緊張して見えるけど、子供は困ってないと。
そしたらもう会話はあれこれと楽しいことや面白いこと、ゲームのことをペラペラ話しながら、
するすると手の赴くままにやっていきます。

左右の手の甲をみて、右の手臨泣のつまりと、同側みぎ臨泣のつまりをとりちょいとクリクリ。
おへそをみて、上に引っ張られているのを確認。
上背部、背部とみて、緩み陥凹を取穴して軽く温灸してお休みタイム。
最後におへそを確認。軽く気海に温灸しておしまい。

上背部の細絡、おへその上向き、少陽経のつまりなどまあ確かに上焦の軽い鬱滞を中心とする気逆とそれを支える中焦下焦の弱さを調整して、ご自宅ではその中焦下焦の弱さに対してのアプローチをお願いしておきました。

代理母を考える、不妊カウンセリング学会での討論を通じて

不妊カウンセリング学会、養成講座での急遽ディスカッションになったことがありました。
(10年ほど前のことです、確か、演者が急病で欠席ということになり、フリーディスカッションが企画されました)

このディスカッションで話題になったのが、代理母でした
つい先日、丸岡いずみさんがロシアで代理出産を経てお子さんをさずかりましたね。

いまから10年前のディスカッションでした。産婦人科医、ナース、そして不妊治療にかかわる様々な人が集まる場でした。その会場で討論にくわわったかた(Hさん)と後日ネットで意見を交換することができました。

私とHさんとのやりとりです。

私『私は、日曜日の午前最後の講座?が意外と面白かったです。代理母と提供卵という話が中心に、沢山の体験談が出てきましたね。肝臓移植や腎臓移植と代理母を一緒に考えてはいけないのか?という壇上からの問題提起に、「子の立場」から考えるというお返事をなさった方(私は後ろのほうにいたのですが、後ろから見て、会場前方左側の方で、話し方のアクションに惹かれました)のご意見にひきつけられました。

生殖医療、生殖の問題は本当に、国により、環境により、立場によって意見が違うのだなとまざまざと見た思いです。』

Hさんからのお返事
よねやまさん、書き込みありがとうございます。

急遽設定されたフリーディスカッションが一番興味深かったですね。
会場の方からのディスカッションの最初に発言したのが私です。

臓器移植と代理母の決定的な違いは、提供される側の生命や健康が、その医療技術が提供されなかった時にどのくらい損なわれるかという点だと思います。
臓器移植を受ける方は、その移植がなければ健康が著しく損なわれるか生命の維持が難しいわけです。
一方、代理母を望まれる方は、例え代理出産をしてもらえなくても身体的な健康や命は脅かされません。
もちろん、「子どもを持てない」ということが、その方の社会的・精神的・スピリチュアル的な健康は損ねてしまうかもしれませんが。

「子どもの立場から」というご意見には、一部賛同一部疑問という感じでしたね。
私は「子どもはその親を自ら選んで産まれてくる」と考えております。なので、この世に生まれ出て来れただけで、その子どもはすでに幸せになるチャンスは手にしているのではないかと感じています。不妊治療の方にだけ「子どもの幸せまで責任を持て」と言われるのはおかしい、というドクターの意見に納得でした。

この問題は、立場が違えば当然意見も違ってくると思います。
後半に出た、「お産は死ぬことがあるもの」という認識を持っているのは、やはり産科医療現場で働くものにしかないでしょう。
私も、代理母が命を懸けることになるかもしれないという点が、代理出産に手放しで賛同できないもっとも大きな理由です。
もし私が子宮を失っても、自分の母親にそんなリスクは決して負わせたりはしないと思います。』

私からのお返事

そうなんですよね、あのフリーディスカッションが私も一番興味深かったです。
次回から定例にしてもらってもいいぐらいだと思いました。

もしかしたら、緑色のお洋服を着ていらっしゃいましたか?
発言の順番は記憶していないのですが、もしかしたら?と思いました。
私は、そのもう10列ぐらい後ろにいました。その方は、確か、お知り合いが
結婚したいと思う相手が自分が子供を生むのがイヤだから代理母を頼んでいいか?と相談されているというお話をなさった方だと思います(記憶が混乱していたらごめんなさい)私は自分が生みたいくないから代理母をなんてすごいことをいう女の人が世の中にはいるもんだなあ(^^ゞとぽかんと口があいてしまいました。

前日の、根津先生のお話が土台にあったのもよかったですね。
私の身近でも根津先生に相談に行った方がいらっしゃったりして、どんな
先生なのかと興味深かったのです。また、あれだけ世間で話題になっている
先生ですので、断片的でないお話が聞きたいとも思っていましたので。

私は、基本的な姿勢としては代理母反対です。やはり、代理母の生命の問題も、ありますし、私は親子関係の複雑さを考えると、反対です。また、私が子宮を失って代理母しか我が子を抱くことができなくても、自分のために母に頼もうとも思いません。しかしながら、会場でもお声があがっているように、私も娘を持つ母でもあります。もし私の娘が不妊で、娘のために私が代理母をすることで彼女に赤ちゃんが出来るのならば、私は万が一私の命がそれで終わっても産んでやりたいと思います。代理母、総論反対各論賛成のダブルスタンダードになってしまう自分に気づかされたセッションでした。』

Hさんからのお返事

よねやまさん、お返事ありがとうございます。

>もしかしたら、緑色のお洋服を着ていらっしゃいましたか?

はい、その発言をしたのが私です。
「人に産んでもらって子どもを持つということが個人のエゴであってはならない」ということを言いたくて、あの例を出しました。

>代理母、総論反対各論賛成のダブルスタンダードになってしまう自分に気づかされたセッションでした。

立場が違えば、当然考え方も違ってきますから、ダブルスタンダードにはなりますよね。
親の立場、本人の立場、産まれてくる子どもの立場、医療者の立場・・・何が正解かよりも、どうすればよりよくなるのかを常に考え続けて、問題点をクリアにしていくことが大事なんだと思います。

代理母という選択肢があることは悪いことではありませんが、それ以前に「子宮を失わなくてすむ努力」は必要なことですから、やっぱり教育・啓発が大事だなと感じました。』

熱い議論がかわされた会場でのやりとりを思い出しました。

子供をもつ、ということについて、沢山の問題、課題がありますね。
そのなかでどのような選択をし、生きていくのか。考えさせられる課題ですし、
昔から、そしていまも結論はでていない問題だと思います。