概要
身体と心と食生活は私たちの身体作りのキーワードです。食生活は特に“よい”とされているものが、妊娠を考えるときには逆に作用してしまったりもします。漢方も負担が大きく迷うことも多々あります。一つ一つ解決し力強い治療で無事にお子さんと出会えた症例です。
(この症例の弁証論治→不妊、倦怠感、食生活、漢方薬、出産弁証論治)
(この症例の患者さまの声はこちら→「妊娠中の鍼灸治療の満足度に関するアンケート」1-5)
【case:0044】
ご相談内容
子供が欲しくて、いろいろな努力をしています。食事、漢方、高度生殖医療にも挑戦していますが、なかなか結果がでません。どうしたらいいでしょうか?
東洋医学的診立て
東洋医学的弁証論治
弁証:脾虚 肝鬱
論治:益気補脾 疏肝理気
治療方針:脾気を養い、肌肉をしっかりと養える器にしていく。場合によっては脾気に負担になる肝鬱を取り去る。
ご本人へのアドバイス
お子さんが欲しいと言うことで、鍼灸、漢方など色々頑張っていらっしゃいますね。20代後半で身体を大きく壊され身体の器そのものを小さくしたこと、そして小さい器の身体に負担になってしまった食生活と、生活リズムが、倦怠感などをもたらしてしまったと考えられます。
また、初診時に拝見したときに非常に皮膚が薄く、火傷がしやすかった状態も、器そのものの弱さ、体表に気があつまり張っていること、胃腸の力不足で肌肉が十分やしなわれていなかったことを示しています。
精神的なストレスはお身体に大きな負担となりますね。これは20代後半のときもそうであったし、現在でも続いていると思います。この身体のストレス状態は、ヨガや鍼灸などで充分よくコントロール出来ていると思います。
身体の力そのものを養う胃腸の力が少し弱いため、疲労して底支えがなくなったり、食べ物に充分な栄養がなかったりすると、全身のパワー不足が目立ってしまい体力的なジリ貧状態になります。
朝食を取る方が、胃も楽、仕事中も楽、倦怠感も楽であり、昼食後の状態もよいということですので、食事全体のリズムを考え、バランスよくタンパク質を少し意識して食生活を進めていってください。
まず食事です。いろいろな思いや、気持ちの中で重点をおいておきたいこともあると思います。まず客観的な指標として食事バランスガイドを参照にして、ご自身の食事をカウントしてみてください。予想外にタンパク質などが足りていないのではないかと思います。とりあえずカウント数を満たすというところからはじめてみてはいかがでしょうか? その上で不都合があれば一緒に考えていきましょうね。
さて、一番のお悩みの漢方薬。
漢方薬は、漢方の先生が考えてくださった生命観に乗っ取り進められていきます。こういった治療は、その先生の方針、生命観に依拠するところですので、それぞれなのですが、胃腸の状態をよくして器をしっかりするような漢方薬を選ばれるとよいと思います。
生理周期は確かに短いのですが、以前に比べて低温期が通常の長さになっただけです。つまり身体が立ち直る方向性としては間違っていないと思われます。
また、現時点で、ストレス状態ともいわれる肝鬱はヨガと鍼灸で充分コントロール出来ていると思いますので、薬剤でこの点のコントロールまでもってくる必要は現段階でないのではと思います。それよりも薬剤では器を養っていく方向性をとるほうがよいのではと思います。
漢方薬について
食事改善と漢方服用を始める(現在まで)。
肌の調子が良くなり、体が楽になった。仕事もだいぶん楽になった。
婦宝当帰膠・(当帰養血精)(翌年6月まで)。
逍遥散(PMSがひどいときのみ)。
桂枝茯苓丸(生理中のみ)。
34歳秋……冠元顆粒(1~2ヶ月間のみ)。
35歳現在……芎帰調血飲(高温期以外)。
八味丸。
参茸補血丸(生理中以外)。
不妊治療中。
漢方についての簡単な解説
- 婦宝当帰膠・当帰養血精
- 婦人科疾患では当帰芍薬散が有名です。
当帰芍薬散は、東洋医学で言うところの血を補います。また血行をよくし利尿作用によって余分な水分を排泄させ冷え性や生理不順の改善に役立ちます。
この当帰芍薬散の成分のうち、当帰の量をぐーーーっと多くしたものが、婦宝当帰膠や当帰養血精です。当帰というのは、子宝をもたらす血や産後の失われた血を子宮に返し子宝に恵まれ産後の不調を回復させるという意味を持つ言葉でもあるように、女性の中心である子宮をやしなってくれる漢方成分です。この当帰をぐーっと増やしたものがこの漢方ですので人気があるのもよくわかります。
いらない水は貯まっていれば冷えにも繋がりますので、その解消も有り難い点ですね。
- 冠元顆粒
- 血液サラサラで有名な漢方です。東洋医学で言うところの瘀血(固定制のふる血が貯まりやすい状態)を解消し、血流を予防し血栓を防ぎます。心筋梗塞や脳梗塞の予防として飲まれる方も多いようですね。着床障害、不育症は血液凝固系亢進タイプではおこりやすくもあります。必要な方もいらっしゃるかと思います。ただし、出血に対してリスクがある場合は慎重にしなければなりませんね。
- 参茸補血丸
- 気血の補いに身体を底から温める腎陽を補う薬です。鹿茸は鹿の角のことです。強壮、強精、鎮痛などに効果があります。動物生薬の漢方ですね。
治療経過
鍼灸治療の他、食事の改善、病院の変更などもおこなう。
37才 妊娠するも流産
38才 積極的に大豆タンパクをやめる
39才 Eの値が高いながらも成熟卵がとれ、凍結 胚移植、妊娠、出産
あとがき
子宮内膜症や筋腫という女性ホルモン依存性の疾患との二人三脚は非常に不妊治療の困難を伴うことになりました。しかしながら、食事の改善、丁寧な鍼灸治療や自宅での手入れ、日々の生活により、無事に妊娠、出産のときを迎えることができました。
食事に関しては、ご本人がよいと思っていたことが、心身には貢献できたものの、不妊治療においては逆に作用してしまう場面もあり、身体作りのむずかさを感じさせました。
また、大豆蛋白を積極的にやめてみるという挑戦は、ご本人にとってとても大変だったと思います。しかしながら、不妊治療でかなりの障害となっていた子宮内膜症や卵巣嚢腫の状態改善には一番効いたのではないかと思います。これは盲点になりがちなポイントでもありますが、一緒に改善に取り組むことができて本当によかったです。
ご本人のまじめで丁寧な努力は少し遠回りにはなりましたが、元気なお子さんに恵まれたこと、本当によかったなと思います。