弁証論治:

0029:手足の冷え、血便、不妊弁証論治

・問診
38歳、女性 専業主婦
身長:163cm、体重:54kg(変動なし)、血圧:120/80
家族構成:夫
肉親の病気の遺伝的傾向:母方の親類に膠原病

主訴・・・1)手足の冷え、2)血便 3)妊娠したい

1)手足の冷え・・・20歳頃から手足に冷えを感じるようになる。28歳の時、職場が寒くて、冷えが強くなる。自転車を止めて、より冷えがひどくなる。

太ももから下が冷える。しもやけは無い。布団を温めていれば眠れる。

2)半年くらい前から、時々便の中に血が混入したように混じる。便全体が赤いのではなく、便の表面に血が付いているのでもない。つまり、上部の消化器官からの出血ではないけど、痔でもないのではないかと思う。1~2週間置きに数日間血が混じるというのを繰り返している。ただ最近治ってきたような気もする。(注:病的なものかどうかをはっきりさせるため、近く病院受診の予定。)

他に治したい症状

左の手の甲にガングリオンができ、徐々に大きくなってきている。
下の前歯に膿が溜まるようになる。
中性脂肪の値が低め。

3)妊娠を希望して8ヶ月ほど経つが妊娠しない。

これまでに掛かった大きな病気
29歳の時、卵巣嚢腫が見つかり、33歳で開腹手術を受ける。
半年に1度経過観察。最近再び大きくなっていると言われる。
一般には片側だけの卵巣のう腫が多いのだけど、両側性でめずらしいと言われる。

・・ふだんの状態について

(全身の状態の悪い変化)
記載なし。

(全身の状態の良い変化)
記載なし。

(風邪)
風邪はめったに引かない。風邪を引くとのど痛。

(食事)
食欲は普通で若い頃と同じ。
食事時間は、朝6:30、昼12:00、夕19:30。
食事は15分で食べる。
食事前の空腹感はいつもあり、普通に噛んで食べる。
食事はおいしい。
食後にお腹が張ったり胸焼けは無い。
よく食べるのは、白米、自家製パン、味噌汁。
好きな食べ物は、甘いもの、緑茶、紅茶、コーヒー。
嫌いな食べ物は、しいたけ、貝類。
間食は毎日で、主に洋菓子を食べる。いつ頃からかは記憶に無い。

(水分)
紅茶、豆乳、緑茶、コーヒー、ルイボスティー、麦茶を、200ccのコップで3杯くらい約800cc取る。
渇きは無く、粘ることはめったに無いが、朝だけ粘る。

(飲酒)
ほとんど飲まない。

(タバコ)
記載なし。

(大便)
1日に1回出る。
便秘でお腹が張って辛いことは無い。
便が出きらない感じがすることは時々。
便はバナナ、細い。血が混じることが時々。
便器に付着して取れにくいことはめったにない。
臭いは普通で時々臭う。

(小便)
1日5~6回。
残尿感は無い。
尿の切れが悪いこと、尿の色が悪いこと、夜間排尿はめったにない。
朝だけ尿の色が黄色。

(睡眠)
就寝0時、起床5:50。
寝付きは普通、寝起きは良い。
翌日に疲れが残ることは時々。
夢の内容は日によって違うが、後味が悪い内容が多い。

・・婦人科の状態

初経12歳。
生理期間は6~7日間で、周期は28日で不安定。
経血は濃く、赤黒い、量は普通。
生理2日目が量が多い。

生理前に足が腫れ、便秘になる。
生理痛はほとんどない。

29歳 婦人科のトラブル、卵巣のう腫がわかる
32歳で胎嚢見えたがそのまま流産。

流産後、体調や生理の状態に変化は無かった。
流産後、完全に復調していると思う。

・時系列の問診

12歳頃・・・初経。

20歳頃・・・手足の冷えを感じる(現在まで)。

28歳・・・職場が寒い。
  左手の甲にガングリオンができる(現在まで)。

29歳・・・婦人科のトラブル。
  卵巣嚢腫が見つかり、経過観察となる。

30歳・・・結婚。
  自転車通勤を止めてから冬に太ももから下に冷えを感じる(現在まで)。

31歳正月・・・下の前歯に膿が溜まるようになる(現在まで)。

31歳12月・・・流産。

32歳・・・卵巣嚢腫の手術(経過良好)。

37歳夏・・・妊娠を希望する(現在まで)。

37歳秋・・・時々、便に血が混じるようになる(現在まで)。

38歳現在・・・手足の冷え
  便に血が混じる
  妊娠しない
  左手の甲のガングリオン
  下の前歯に膿が溜まる

・体表観察

・・脉診
全体に少し数
左関 やや弦
右尺 やや弦
右関 輪郭甘い

・・舌診
舌質 淡白
歯痕

瘀点あり
舌裏怒張あり

・・腹診
皮膚が粗い
肝の相火 きつい
中脘 硬い
中注 冷え
気海 冷え
曲骨から気海あたりにかけて手術痕

・・経穴診
左列缺 かげり
左神門 やや腫れ
霊道 こそげ(右>左)
右内関 陥凹
左合谷 こそげ
右後谿 薄く広く陥凹
左後谿 1点で陥凹
右外関 こそげ
左外関 こそげ、冷え
左陽池 冷え
足三里 陥凹(右>左)
三陰交 弛み
左公孫 こそげ
左照海 冷え
左湧泉 冷え

・・背候診
上背部に、多くは無いが、長めの細絡あり
腠理の粗
陶道の夾脊 弛み
身柱の夾脊 弛み
Th8 少しつまり
左肝兪から脾兪まで筋張り
左胃兪 筋張りの下端で陥凹
右肝兪から胆兪まで筋張り
右脾兪 筋張りの下端で少し陥凹
右胃兪 陥凹
左腎兪 陥凹
上仙あたりの腰部に薄い細絡少しあり
右次髎 ややつまり

・・その他
全身に発汗あり

・五臓の弁別

・・肝
20歳頃・・・手足の冷えを感じる(現在まで)。
生理前に足が腫れ、便秘になる。

左関 やや弦
舌に戦あり
肝の相火 きつい
Th8 少しつまり
左肝兪から脾兪まで筋張り
右肝兪から胆兪まで筋張り

・・心
左神門 やや腫れ
霊道 こそげ(右>左)
右後谿 薄く広く陥凹
左後谿 1点で陥凹

・・脾
間食は毎日で、主に洋菓子を食べる。
便が出きらない感じがすることは時々。
生理前に足が腫れ、便秘になる。

右関 輪郭甘い
中脘 硬い
右内関 陥凹
足三里 陥凹(右>左)
三陰交 弛み
左公孫 こそげ
左胃兪 筋張りの下端で陥凹
右脾兪 筋張りの下端で少し陥凹
右胃兪 陥凹

・・肺
30歳・・・結婚。
  下の前歯に膿が溜まるようになる(現在まで)。

皮膚が粗い
左列缺 かげり
左合谷 こそげ
腠理の粗
陶道の夾脊 弛み
身柱の夾脊 弛み

・・腎
翌日に疲れが残ることは時々。
20歳頃・・・手足の冷えを感じる(現在まで)。
28歳・・・職場が寒い。
  自転車を止めてから余計に冷えを感じるようになる(現在まで)。
  太ももから下が冷える(現在まで)。
  左手の甲にガングリオンができる(現在まで)。

右尺 やや弦
中注 冷え
気海 冷え
右外関 こそげ
左外関 こそげ、冷え
左陽池 冷え
左照海 冷え
左湧泉 冷え
左腎兪 陥凹
右次髎 ややつまり

・・瘀血
瘀点あり
舌裏怒張あり
上背部に、多くは無いが、長めの細絡あり
上仙あたりの腰部に薄い細絡少しあり

・病因病理

主訴である手足の冷えは、末端を中心として20歳頃から感じている。

28歳の時に、外の現場が多い仕事となり、より冷えるようになり、そのうえ、片道15分程度の自転車通勤をやめることで太もものところまで冷えを感じるようになっている。またクーラーにあたると全身が冷えてしまう。これは、もともとかなりの冷えがあることと、気血の巡りが少しでも悪くなると、冷えが広い範囲まで広がってしまうということを示しており、陽気不足はかなり深いと考えられる。

しかしながら、切診してこの方のお身体を触っていると、そこまで冷えが強いようには思えず、腹部や背部なども暖かい。また自転車をこぐと言うことは、肝鬱をある程度晴らしている可能性も考えられ、この冷えは肝鬱が取れると少しましになるということで、肝鬱の関与もおおきいのであろう。体表観察からも、左外関、左陽池、左照海、左湧泉の冷えなど腎の陽気不足が窺える。

しかしながら、妊娠の経験があることや、流産の後も体調や生理には変化もなく、睡眠やお小水にそれほど問題は出ていない。これだけの冷えが腎の陽気不足だけでおこっているのならば、もっと腎気の問題が排出するはずであり、この冷えの背景に、やはり肝鬱が強く影響をしていると思われる。きつい肝の相火、肝兪~胆兪までの両方の筋張り、左神門のやや腫れなどから肝気の張りの強さが窺える。

同時に筋張りの下端としての脾兪や胃兪の陥凹から脾胃の弱りも窺える。

28歳頃に職場が冷え腎の陽気不足があったころに婦人科のトラブルを起こし、
  腎気を落とし卵巣のう腫発覚、

30歳で自転車通勤をやめてより腎の陽気不足が強くなり、
  歯に膿がたまり排出でよくなるという瘀血の状況となる。

31歳で流産をすることで腎気を落とし、瘀血の状態が悪化し卵巣のう腫が大きくなり手術

というように、腎気を落としたり、腎の陽気が不足すると、すぐに瘀血の状態まで進んでしまい、状態が固定的になってしまっていると考えられる。

37歳の秋にはご本人の記憶はさだかではないが、血便がでるようになっている。 これも、出血を伴う症状であり、瘀血の状況として考えられる。

舌裏の怒張、細絡、皮膚の粗さも、瘀血になりやすい状態が全身的な状況としてあらわれていることを示している。

普段は、二便、睡眠、食事などに大きな問題がなく、器として小さいながらもそれなりにまとまってバランスが取れた状態にある。

しかしながら、身体に腎気の損傷をもたらす大きな負担が合った場合には、強い肝鬱と脾胃の弱りのある素体は内湿を孕みやすく、もともとの瘀血の状況と絡み合い、固定的な瘀血の状態となりやすい状況となっている。

・弁証論治

弁証:肝鬱瘀血 腎陽虚

論治:疏肝理気 活血化瘀 温補腎陽

・治療指針

瘀血の固定的な問題は、西洋医学とも連携を取り速やかな解決を心がける。

腎の陽気をたて全身を温陽することで瘀血を生じさせないことを中心としながらも、 肝気を払い全身の気血の動きをよくしておき瘀血を動きやすく排出しやすくしていく。

人間は、一つのくくりを持った器として存在しています。

器を観察するときに、私は、その器の大きさ、密度、敏感さといった観点からみています。

Mさんの場合、器としてはある程度の大きさをもち、また敏感に反応できる感度をもち、 充分とは言えませんがそれなりの密度をもって存在していらっしゃると思います。

ですので、睡眠、二便、食事に大きな問題がなく、現時点で、ご自身が、さしたる不健康な状態とは思えないとおっしゃるのももっともなことだと思います。

しかしながら、敏感に反応するということは、良い方向性にも、悪い方向性にも向かう可能性を孕んでいます。

たとえば冷えによって、風邪を引いてしまうとき。敏感な人であれば、さっと身体が感知し、排除しようと身体の力を使っていきます。

Mさんの場合は、この敏感さは十分あるのですが、敏感に反応したのちに身体を健康状態に保つような方向性での排出がなされない傾向があります。身体が問題を生じたのち、その場(歯茎、卵巣、大腸など)に長く留まってしまい、問題が固定化してしまうということです。この方向性は、もともとの素因からの影響であると考えられます。

20歳の頃から感じられている強い冷えは身体を温める力の不足(腎の陽虚)をしめしています。また体表観察からもわかる身体のストレス状態(肝鬱)は気の巡りの悪さをしめします。そしてこの冷えと肝鬱の両者があることで、より気血の巡りが悪い状態となり、瘀血という状態を生じさせやすくなります。舌の裏の舌下静脈の怒張、皮膚表面に現れる血管の浮きだしである細絡、皮膚の粗さから、現時点の瘀血の状態を推察できます。そして体表観察から得た、脾胃の状態の悪さは、内湿(身体の内側に不要な成分である東洋医学でいうところの痰飲)を生じやすいという状況も示しており、それらが瘀血と絡み合うと、また問題を深くするであろう可能性も示しています。

現在Mさんはご自身で身体に気を配り、心身ともに健やかになさっていますし、トラブルがあっても大きな病的な問題まで発展することなく経過できていると思います。これは現時点でお腹や背中も温かく、全体にご自身は健康だとおっしゃる認識ともつながっていると思います。

しかしながら、もともとの素因である『問題が固定化しやすい』という要因に、冷え(腎の陽虚)とストレス状態(肝鬱)が加わるため、症状がご自身の生命力で排除できないレベル(きつい瘀血)となり、手術などで除去しなければ、ご自身の生命を脅かすような問題にまで発展してしまう可能性を孕んでしまっています。また、年齢が若く敏感であるということは、このような状況の時には、速いスピードで問題が深くなるという可能性も高くしてしまいます。

肝鬱(ストレス状態)というのは、人間が生きていくときに、意思の力を強く持って前進していくということでもあります。気を張って前向きに生きていくということは、Mさんご自身の生き方を応援するものでもあります。しかしながら、過度な肝鬱は、自分自身の肉体側にも負担をかけ、気血の巡りを悪くする要因ともなります。健やかな生きる意思をもちながら、それが過度にならないように調整していくことも大事でしょう。また冷えの問題も、少し根が深いようですので、歩くことや自転車などの軽い運動を心がけ、身体を温めることをしていきましょう。少し個性的な器ですので、上手に乗りこなしていくことが肝要です。ご自身のいままで心がけられている状況は、方向性としては正しいと思いますので、もう少し用心深くつきあうようにしていくことがポイントとなるかと思います。

妊娠をするためには、冷えの問題(腎の陽虚)と、ストレス状態(肝鬱)の調整が大事です。身体を暖め養い気血の巡りをよくしておくことが妊娠出産への大きな力となります。 気血の巡りを悪くしてしまう身体のストレス状態を取り去るために定期的に鍼灸などで手を入れながら、ご自身では、温灸や歩くことを中心とする運動をお勧めします。規則的な日常生活は身体を養います。

出産は女性の人生にとって大きな身体への負担となる出来事です。このときに、生命力を手放してしまい虚損病のきっかけになることもあります。 逆に瘀血を排出しより健康になることもあります。

どちらの方向に向かうのかは、出産時点でのご自身の生命力が一番のポイントです。 よいリズムに乗り、妊娠を上手に経過させ充分な状態で出産に向かうことが出来れば、ご自身の生命力を高める方向性で出産イベントが乗り切れ、同時に瘀血も去り、ご自身の健康を高めることも出来ます。よい循環にのれるようにしていきましょう。

平成24年春 無事に3000グラムオーバーの男の子をご出産なさいました。

無事の安産、おめでとうございます(^^)